白と黒の宴 36 - 40
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その時緒方は一瞬アキラに射すくめられたように動けなかった。
緒方に向けられた視線には、もはや兄弟子と慕い後を追って来た幼いひたむきな頃の
眼差しの面影はなく、ある意味対等さを要求するものに成り変わっていた。
そう緒方は感じた。
ただ、アキラにはその自覚はなかった。
アキラにしてみれば緒方に負い目を持って欲しくなかった。
だから電話でも緒方との事を母親に気取られる事の無い気遣ったつもりだった。
もう一晩緒方と過ごす気になったのは、実は自分でも良く分からなかった。ただ、このまま
緒方と別れると緒方が苦しむような気がした。そして、あの広い家で独りで夜を過ごすのが嫌だった。
緒方は無言でソファーから下り、そのままキッチンへ向かって冷蔵庫から
ミネラル水のペットボトルを取り出した。
それを直接口に運びゴクゴクと飲み下す。ハッキリとしたのど仏が動くのが分かる。
アキラはぼんやりと緒方の裸身を見つめていた。
長身に広い肩幅の骨格に均整のとれた逞しい筋肉が張り付いている。寝起きの現象で
陰茎が若干膨らみ起立しかかっている。
同性でありながら今の自分とは余りに違う造型物がそこにあった。
アキラは自分の手首に視線を落とした。
殆ど消えかかった社の指の痕の代りにくっきり残された新たな指の痕を見つめた。
緒方は洗面所に向かうと激しく水を出して顔を洗い、無言で出かける身支度を進めた。
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「…怒っていますか。」
沈黙に耐えられずアキラは言葉を掛けた。
「怒ってなんかいないさ。」
そう言いながらも緒方はアキラの方を見ようとはしなかった。
髪を整え、眼鏡をかけ普段通りの隙を見せない二冠の棋士の姿になっていく。
「…好きにしろ。」
淡い色のスーツに身を固めると緒方はテーブルの上に部屋のスペアらしき鍵を置いて出ていった。
一人残されてアキラは急に寒気を感じ、毛布を身体に巻き付け、もう一度ソファーの上に横になった。
社の時と同様にやはり多少脱水症状を起こし、数回トイレに通った他はうつらうつらと
ソファーの上で寝て過ごした。
一度碁会所に電話を掛けて午後にあった指導碁を体調不良を理由に休ませてもらった。
今にも様子を見に自宅に来ると言い出しかねない市河をその必要はないと説得するのが一番骨が折れた。
どれ位時間が経ったか分からなかったが、誰かの手が額に触れる気配がして目を覚ました。
心配そうに覗き込む緒方の表情が間近にあった。
「何か食べたのか?」
アキラは首を振った。
「お水だけもらいました…」
「今は食べられるか?」
アキラは頷き、緒方の首に腕を回してしがみついた。緒方がこうして傍に居てくれる事が今は
嬉しかった。緒方もまた、そんなアキラを強く抱きしめ返して来た。
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昨日と同じなのは軽く食事をして薬を飲んだところまでだった。
違ったのはベッドルームに移動することなくその場で抱きあい唇を重ね合った事だ。
一つキスを交わす度に緒方は眼鏡を外しネクタイを解いていく。
今朝緒方の身を固めたスーツや衣服の類いはソファーの下に脱ぎ捨てられた。
昨夜これ以上はないと言う程確かめ合った互いの唇の感触を貪り合う。
緒方は、今日手合いがあったはずである。
キスの合間にふとアキラの表情が曇ったのを緒方は見逃さなかった。
理由をすぐに察しアキラの頬を両手で包む。
「…オレを誰だと思っている」
一瞬だけ棋士の顔になり、そして愛しい者を目の前にした一人の男の顔に戻る。
朝の冷ややかだったあの態度は己の欲望に対する彼なりの必死の抵抗だったのだろう。
吹っ切らなければこの部屋で一日アキラを抱き続けてしまう。
そう切り替えるだけの理性を彼はまだ残していた。
それでも対局を終えてここへ帰って来るまで不安でしょうがなかった。
ソファーの上で裸身のまままどろむアキラの姿を見て、昨夜の事が現実であった事を
改めて実感したのだ。
緒方はアキラの手を取り、指先から甲、手首、肘へと何かを確認して行くように眺め、
キスを繰り返して行く。
額から頬、耳、首、そして胸、腹部、そこから足先へ移り、膝、もも、その内側へ。
くすぐったいような恥ずかしいような感覚が混ざりあってアキラは躊躇し、身を縮めようとした。
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だが緒方はそれを許さず、腰を大きく開かせてももの付け根へと唇を動かす。
年令と体格の割りにはアキラのペニスはなかなか雄々しく立派なものであった。
「確かにもう子供ではないな…。」
緒方としては正直な感想を漏らしただけだったが、アキラがカアッと頬を赤く染めて爪を噛んだ。
そんなアキラの仕種に愛おしさを感じた緒方の舌が優しくアキラのペニスの先端に触れた。
「うん…っ!」
すでに荒くなりかかった吐息でアキラが小さく声を漏らす。
緒方の舌が自分のモノを絡め取る感覚に更に頬を染め身を震わす。
「ん…ん」
アキラの若い精は刺激に対し敏感に反応を表した。
その先端から根元に移動した緒方の舌は更にその奥へと進む。足が持ち上げられ、
殆ど胸につく位置まで持って来られる。
「や…いや…だ」
抵抗は無いに等しかった。気が遠くなる位恥ずかしかったが、緒方が舌を尖らせて窄まりを
潜らせ抽出を始めるとアキラはもう何も考えられなくなった。
かなりの腫れを残しながらもその部分はそれが本来の役割であるかのように
緒方の舌を中に取り込もうと蠢いた。
片手でアキラの片足を抱え込んで愛撫を続ける一方で緒方は片手で何か
ソファーの下の方を探り取り出していた。
舌が離れて何か冷たい粘液のような物をそこに塗られてアキラはビクリと身体を震わせた。
経験上それが行為を手助けする潤滑油のようなものだと理解出来た。
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緒方は固くそそり立った自分自身にもそれを塗ると、先端をアキラのアヌスに突き立てた。
それは滑らかに入り口の部分の肉を押し割らせて、兇悪な質量を中に潜り込まさせる。
「はあっ…!」
昨日よりあまりに早い挿入にアキラの四肢が緊張した。
だが塗られたものの助けで滞ることなく緒方自身がアキラの中に埋められて行く。
「…!!」
相当な圧迫感は前回と同様にアキラを苦しめたが、確実に身体は行為を学習し
それに慣れ始めていた。
激しく擦られる衝撃に備え血液が接合部に集められ感度と柔軟度を増していく。
限界近くまで薄く広げられた腸壁の粘膜を通して緒方の心臓の鼓動を克明に感じる。
獣の牙に捕らえられ、あと僅かに力を加えられれば皮膚が裂けて血が吹き出るような
緊張感によって嫌でも触感が高められる。
緒方が根元まで埋め切った真際にグンッと強く突いた。
「あっ…!」
その瞬間にビクンッと身体を震わせてアキラは射精した。
異物を最初に受け入れ通過させる時に強く感じる事を身体は得てしまっていた。
緒方はそんなアキラの反応を無視するように腰を動かし、締め付けてくる感触を味わう。
「んっ…くっ…ん」
内部を掻き回されて絶頂感を維持させられ、ビクッビクッとアキラの下肢が震える。
昨日とは違ってアキラはそれ程欲情していた訳では無かった。
だが自分の意志で緒方の望むものを与えようとしていた。
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