病床小アキラ 41 - 45


(41)
 お父さんに手伝ってもらって不器用にタイツを履き、そして黄色の着ぐるみをすっぽり被っ
てフードまで被ったアキラくんは、親バカがそうさせるわけではありませんがとても可愛く、
お父さんは目を細めてフフと笑み零れてしまいます。
 お父さんは音も立てず立ち上がると、落ちていた半纏を拾い、アキラくんの小さな肩にか
けました。
「さあ、天気がいいうちに外に出よう。……だが、寒くなったらすぐに中に入るんだ」
 お父さんはキンと冷えている廊下に一足早く出て、アキラくんを手招きしました。
 ですが、アキラくんは緒方さんのお布団の傍に立ったまま、やはり両足の親指を擦り合わ
せてモジモジとしています。
「――アキラ?」
 その場から動こうとしないアキラくんを訝しんだお父さんがアキラくんの名前を呼ぶと、
アキラくんはそこにペタンと座り込んでしまいました。肩にかけたぷーちゃん半纏がパサリ
と音を立てて畳の上に広がります。
「外に行かないのか?」
 お父さんの問いに、アキラくんはコクリと頷きました。
「だって、おがたくんがひとりになっちゃうもん」


(42)
「…オレはいいから、行っておいで」
 いつから聞いていたのか、眠っていなかったらしい緒方さんは薄く目を開けると、手を
伸ばしてアキラくんのフードの位置を少し直しました。目深に被っていたフードを後ろに
ずらすと、たちまちアキラくんの愛らしい顔があらわれてきます。
「アキラくん、外で遊びたいんだろ?」
「……ううん」
 アキラくんはプルプルと首を振りました。あんまり一生懸命に首を振ったので、折角緒
方さんが直してくれたフードも外れてしまうほどの勢いです。
「緒方くんもああ言ってるんだから、アキラ」
 アキラくんがどんなに外に出たかったかを知っているお父さんです。折角暖かく着込ん
だのにと、お父さんは少し残念に思いました。
 しかし、アキラくんはお父さんの右の人差し指をちょこんと握って『あのね…』と小さ
く呟くのです。
「おとうさんしらないの?」
 緒方さんのおでこにまたちょこんと手を当てて、アキラくんはお父さんを見上げました。
「あのね…。――ひとりぼっちはさびしいんだよ」


(43)
 アキラくんの舌足らずな、それでいて一生懸命紡ぎだす言葉に、お父さんと緒方さんはそれ
ぞれ目を見開きました。この小さな男の子は、いつの間にここまで成長したのだろうかと。
「だからボクはねぇ…おがたくんがげんきになるまで、そばにいるの」
 いつかアキラくんがされたように、緒方さんのお布団をポンポンと叩きながらアキラくんは
続けます。
「……がんばってねんねしてね」

・・・

「オレなんか緊張してきちゃったよ〜」
 ビニール袋をガシャガシャ言わせながら、芦原さんがアキラくんの後をついていきます。
「緒方さんの家って初めてだし。もし女の人とご対面しちゃったら、オレどんなリアクション
取ればいいかわかんないね。アキラは?」
 話を振られてしまったアキラくんは、首を傾げながら胸に抱えた重箱を抱え直しました。
 お重の中には、みんなで食べるはずだったおせち料理が少しずつ入っています。
「別に、普通にしていればいいんじゃないですか」
 どういう返事を期待したのか、芦原さんはカクッと膝を折りました。
「…ってオマエね」
「それにしても──緒方さんって本当に身体弱いですね」


(44)
 お父さんの話では、昔からよく熱を出してたみたいですよ――そんな風に緒方さんの秘密を
暴露しながら、アキラくんはポケットから鍵を取り出すと慣れた手つきでドアの鍵穴に差し込
みました。アキラくんよりも何歳も年上の芦原さんは、アキラくんよりも旺盛な好奇心で目を
輝かせながらその様子を見守っています。
「その鍵は?」
「ああ、緒方さんは一人暮らしだから、もしものときのためにスペアキーをお父さんが預かっ
ているんです。もしかしたら緒方さん、今眠ってるかもしれないから」
 音を立てないようにそうっと開けたドアをくぐりながら、アキラくんは『騒がないでくださ
いよ』と芦原さんに小さな声でお願いしました。
「わかってるって」
 人差し指と親指で○を作って、芦原さんはニヤリと笑います。
「アキラこそ、緒方さんの彼女がいてもちゃんと挨拶するんだぞ」
「……わかってるってば」
 何度か入ったことのあるマンションの広いリビングは暗くひっそりとしていて、人が生活し
ているような雰囲気ではありませんでした。しかし、アキラくんは重箱をテーブルの上に降ろ
すと、スタスタと緒方さんの寝室に向かいます。芦原さんも慌てて後を追いました。
「緒方さん…?」
 そうっと寝室のドアを開けると、暗い部屋の真ん中にある大きなベッドの中央部分がこんも
りと盛り上がっているのがわかります。


(45)
「なんだ、女っ気ナシか…。情けないなァ緒方さん」
 自分をすっかり棚に上げた芦原さんは、アキラくんの肩越しに室内を見渡して心底ガッカリ
したような情けない声を上げました。
「何を馬鹿言ってるんですか、芦原さん」
 ブラインドの隙間からは夕暮れの日差しが差し込んでいます。起こさないように祈りながら、
アキラくんは緒方さんのおでこにそっと右手を乗せました。
「どう、熱はありそう?」
 緒方さんの部屋にやたらとある間接照明を明るくしたり暗くしたりしていた運転手兼荷物持
ちの芦原さんは、その遊びにも飽きた様子で、熱帯魚の水槽を見ながら今度は鼻歌でも歌いだ
しそうな勢いです。
「――多分。それにしても、すごい汗だな…」
 緒方さんの容体と、いつでもマイペースな芦原さんの様子の両方にアキラくんは眉を顰める
と、枕元にあった乾いたタオルでおでこに浮かんでいた汗を拭いはじめました。タオルを軽く
押し当てるようにしているせいか、相変わらず緒方さんが目を覚ます気配はありません。
「濡れタオルかなんか持ってこようか?」
「そうですね、お願いします」
 いつのまにか隣に立っていた芦原さんはにっこりと笑って片目を瞑ると、『ついでにちょっ
と探検してこよ』と大きな声で独り言を言いながら廊下に消えていきました。



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