白と黒の宴 42 - 43


(42)
「昨日はすみませんでした、市河さん。心配かけてしまって。」
「ううん、いいのよ。それより、もう具合はいいの?アキラく…」
夕刻に碁会所に顔を出し、そう声を掛けて来たアキラに対し市河は応えようとして息を飲んだ。
アキラの後ろに寄り添うように緒方が立っていたからだ。
普段見なれたはずのそのツーショットにもかかわらず碁会所の中に居た常連客らにも一種
緊張感のような空気が漂った。
明日、二人が本因坊リーグでぶつかる事は誰でも知っている。
密かに勝つのは緒方か、はたまた若先生かと賭けをしている連中もいた。
そして門下生同士の直接対局だけに当人同士にもそれなりの意識が流れているのではと
周囲が勝手に憶測していたのだ。
だが普段通りに二人は言葉を交わし、それぞれの指導碁の席へと移動する。
「やはり我々とは精神力が違うんだろうねえ。」
常連の一人が感心したように緒方とアキラの姿を交互に見遣る。
市河もアキラの表情が明るく穏やかなのにホッとしたようだった。
「ここのところアキラ君が少し元気なかったから心配してたけど、取り越し苦労だったみたいね。」

予定が入っていた分の指導碁をそれぞれ終えると、緒方とアキラは揃って帰り支度をする。
緒方が車でアキラを家まで送るらしい。
その時まだ完全に復調していないためかアキラが少しよろめいて椅子にぶつかり、それを
緒方がしっかりと抱きとめた。


(43)
「すみません、緒方さん。」
「…いや、」
そうして再び連れ添って碁会所を出て行った。市河はしばらくぼーっとそんな二人の様子を眺めていた。
アキラを抱きとめた時緒方のアキラを心配そうに見つめ、アキラの方もそれをなだめるような
表情で見つめ返していたが、何となくそこに誰も入り込めない世界が見て取れたからだ。
「…まさかね。」
市河は変な妄想を浮かべてしまった自分に顔を赤くして仕事に戻った。

「いろいろありがとうございました、緒方さん。」
自宅前に到着して、助手席のシートベルトを外しながらアキラは礼を言った。
だが緒方はハンドルに手を掛けたままアキラの方を見ようともしない。
「…明日は全力で戦わせてもらいます。」
「…ああ。」
アキラの言葉に低くそれだけ答えるとエンジン音を響かせ、緒方の車が遠ざかって行った。
まだ両親は帰って来ておらず、家には誰も居なかった。
当初予定になかった高永夏という若手棋士との対局を韓国でする事になったからと言う事だった。

昨晩あの後シーツを取り替え終えたあの広いベッドでアキラは眠った。
緒方はソファーで過ごし、夜中に一度熱を計るように額に手を当てて来た以外は
もうアキラに触れて来なかった。



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