白と黒の宴 43
(43)
「すみません、緒方さん。」
「…いや、」
そうして再び連れ添って碁会所を出て行った。市河はしばらくぼーっとそんな二人の様子を眺めていた。
アキラを抱きとめた時緒方のアキラを心配そうに見つめ、アキラの方もそれをなだめるような
表情で見つめ返していたが、何となくそこに誰も入り込めない世界が見て取れたからだ。
「…まさかね。」
市河は変な妄想を浮かべてしまった自分に顔を赤くして仕事に戻った。
「いろいろありがとうございました、緒方さん。」
自宅前に到着して、助手席のシートベルトを外しながらアキラは礼を言った。
だが緒方はハンドルに手を掛けたままアキラの方を見ようともしない。
「…明日は全力で戦わせてもらいます。」
「…ああ。」
アキラの言葉に低くそれだけ答えるとエンジン音を響かせ、緒方の車が遠ざかって行った。
まだ両親は帰って来ておらず、家には誰も居なかった。
当初予定になかった高永夏という若手棋士との対局を韓国でする事になったからと言う事だった。
昨晩あの後シーツを取り替え終えたあの広いベッドでアキラは眠った。
緒方はソファーで過ごし、夜中に一度熱を計るように額に手を当てて来た以外は
もうアキラに触れて来なかった。
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