白と黒の宴 44
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今朝目を覚ましてからずっと緒方と一緒に過ごしたが、碁会所に向かってここに戻って来るまで
緒方とは特に何も言葉を交わさなかった。
殆ど一体化してしまうのではと思えた位重なりあった精神と身体を、そうして互いにゆっくりと
引き離さそうとするためかのようだった。明日の一戦の為に。
『…オレも…君が思っているような人間じゃない…』
おそらく内部にいろいろな思いを抱えながらそれを押しとどめて緒方は自分を解放してくれた。
肉体が成長すると言う事は理性で押さえるのが困難な欲求を抱え込む事でもある。
自分は無意識にヒカルをその対象にして炎を生み出した。
社によってその炎をさらに大きく自分では制御出来ないものにされてしまったと思った。
それを緒方が救ってくれた。
病魔のように体内のあちこちを蝕んでいた淫火が、より激しい炎によって
せん滅されたように消えたのだ。
今後緒方は社のように己の欲望のみで強引に身体を要求する事はないだろう。
どういう形になっても緒方に対する強い親愛感を持つ事に変わりはない。
ただとにかく今は明日の一戦の事に精神を集中させたかった。
自分は人である前にプロ棋士なのだ。
そう決意し、アキラは自分の部屋の囲碁盤に向き合った。
ただ碁笥から取り出した石は、その時やけにひんやりと指先に冷たく感じた。
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