白と黒の宴 44 - 45


(44)
今朝目を覚ましてからずっと緒方と一緒に過ごしたが、碁会所に向かってここに戻って来るまで
緒方とは特に何も言葉を交わさなかった。
殆ど一体化してしまうのではと思えた位重なりあった精神と身体を、そうして互いにゆっくりと
引き離さそうとするためかのようだった。明日の一戦の為に。
『…オレも…君が思っているような人間じゃない…』
おそらく内部にいろいろな思いを抱えながらそれを押しとどめて緒方は自分を解放してくれた。

肉体が成長すると言う事は理性で押さえるのが困難な欲求を抱え込む事でもある。
自分は無意識にヒカルをその対象にして炎を生み出した。
社によってその炎をさらに大きく自分では制御出来ないものにされてしまったと思った。
それを緒方が救ってくれた。
病魔のように体内のあちこちを蝕んでいた淫火が、より激しい炎によって
せん滅されたように消えたのだ。
今後緒方は社のように己の欲望のみで強引に身体を要求する事はないだろう。
どういう形になっても緒方に対する強い親愛感を持つ事に変わりはない。

ただとにかく今は明日の一戦の事に精神を集中させたかった。
自分は人である前にプロ棋士なのだ。
そう決意し、アキラは自分の部屋の囲碁盤に向き合った。
ただ碁笥から取り出した石は、その時やけにひんやりと指先に冷たく感じた。


(45)
碁会所に流れていた空気は強ち常連客らの過剰反応とも言えなかった。
棋院会館の対局室もまた、そこに座してその時を待つアキラを押し包むようにして
いつもよりいっそう張り詰めた空気を漂わせていた。
片や新世代旗手の二冠のタイトルホルダー、片や若干15才でリーグ入りを果たした
気鋭の新進棋士。
その上同門対決となればいかに歴戦を見届け慣れた囲碁関係者とは言えその一局に
注目を集めざるをえない。
彼等の目には口には出さなくとも電撃的に引退した囲碁会の覇者塔矢元名人の息子である
アキラの勝利を期待するムードが色濃く現われていた。
理想ではなく、現実に囲碁会を揺るがすより大きな新しい波というものを誰もが自分の目で
確かめたがっていた。
アキラが戦わなければならないもう一つの敵はその視線だった。
ただ緒方を待つ間不思議なくらいアキラは落ち着いていた。
まだ微熱は続いていた。だがそれは心地よい熱だ。
おそらく自分はもう炎を抱かずには生きてはいけない。
これは持って生まれた気質であり、業だ。
ならばその炎を支配しなければならない。それがどういう名の炎であっても。
フッと口元に笑みがこぼれた。それを見た記録係りの者が怪訝そうに視線を送って来る。
確かに、慣れて来ている。心のどこかでより強い刺激を得たいと望んでいる。
身を焼き焦がされる匂いを求めないではいられない自分の本性に目覚めつつあった。



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