白と黒の宴 47
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だが、アキラが期待した動揺も戦意も一向に緒方が表に出さないまま打ち掛けとなった。
まるでそこにアキラが存在していないように相手は一瞥する事もなく退室して行った。
さすがにアキラも少なからず動揺を覚えた。
「…」
その場でしばらく盤面に視線を下ろす。まずまずの出来だと思う。
これまでは緒方に彼の碁を打たせていない。自分がそれを押さえ切って来た。
無気味だった。
自分を知られている分自分も緒方を誰よりもよく知っているつもりだった。
他の人が知らない部分まで。
だが今の緒方はまるで今まで出会った事のない者との対局をしているような様子だった。
気持ちで怖れているつもりはないが冷たい汗が背中を伝わる。
理屈ではなく肉体が戦況に反応するのだ。
ふと、同じく今日この棋院会館の対局室で戦っているはずのヒカルの事が頭に浮かぶ。
一柳との一戦を見に来ていたように今日も手合いがなければ自分と緒方との様子を
覗きに来ていたはずだ。
ヒカルに会いたい。
そう思うそばからアキラは首を振って自分の希望を否定する。
自分はヒカルに道筋を与える者だ。こちらからヒカルを追ってはならない。ヒカルに追わせるのだ。
だからなんとしてもリーグ内に踏み留まりたい。今日の一戦は落とせない。
自分の実力を出し切れば「今の」緒方に勝てなくもないはずだ、とアキラは盤を見据えた。
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