白と黒の宴 48 - 49


(48)
だが対局が再開されて間もなくアキラは自分の予測が甘かった事を思い知らされた。
何の予兆もなく緒方の反撃は始まった。
針の穴のような隙間を突かれた一手から各局地で陥落したと思った緒方の石の砦が差す毎に
息を吹き返して行く。姿を変えて意味を持ってアキラの石を凌駕していく。
「くっ…!」
それでもまだアキラには逃げ切る自信があった。
良くて対等に並ぶまでと読み切っていた。
楽に勝てるなどと最初から考えていない。その為にも念には念を入れて右上と中央を最初に
固めて来た。そこはどうあっても崩されないはずだ。
だが前半の時と違って今度は緒方の目を見る事が出来なかった。
どうしようもなく怖かった。
じわじわと手足を拘束されていつ本体へ、そしてその奥深くへと攻め込まれるかもしれない。
格の違いというものを肌に感じないではいられなかった。
ヒカルと、ネットでsaiと戦った時もある種の格―品格を感じた。
それは勝つ事のみを最終目標としない、ある意味理想的な文字どおり高みを目指す碁だ。
打つ事によって自分と相手が供に何かを得ようとする生命的な熱さがあった。
だが今の碁は違う。
そこにあるのはただ相手の死を、二度と歯向かう気力をも奪い取ろうとする無慈悲な碁だ。
そこに息吹くものはない。無機質に相手の体熱を奪い合うものだった。
二冠という頂点を知る者の凄みだった。
固めた右上と中央が逆に足枷となってそれ以外への攻防が後手に回った。


(49)
一柳や他の高段者らと戦って勝ち抜きそれなりに自信があった。
だが同門である事と、身体を重ねた相手である事を一切遮断して緒方はここに臨んで来た。
たった一日で全ての記憶を抹消して来たように。
僅かでも自分が主導権を握っていたかのように思っていた事を恥じた。
それでも考えようとした。少しでも盛りかえす可能性があるならばと。
その時アキラは緒方の目を見てしまった。
瞬時に感情のない冷たいあの目の下で自分がどのように組み敷かれ緒方がしたいままに
身体を押し開かれたかという記憶が鮮明に蘇った。
『緒方さん…やめ…』
あの瞬間に自分が上げた悲鳴と身体の中心を駆け抜けた衝撃―目の前が真っ白になるような
凄まじい激痛と同時に背骨を電流が走るような快感に襲われ一気に到達した時の記憶。
アキラの指先が震え、挟んだ石が盤上に落ち、乾いた音をたてた。
その非礼を詫びようと頭を下げたままアキラは小さく呻いた。
「…負けました。」
続けられなかった。身体が別の事を望み始めていた。
今の自分ではまだ緒方には勝てない。その事実だけはっきりすれば、
二人にとってこの対局はもう重要ではなくなっていた。
週間囲碁や新聞の記者らはアキラに質問を浴びせかける。敗者であっても彼等にとっての
主役はあくまでアキラであった。
だがアキラには答えることが出来なかった。自分が緒方より弱いから負けたのだ。
彼等が他にどういう理由を聞きたがっているのかアキラには分らなかった。



TOPページ先頭 表示数を保持: ■

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル