病床小アキラ 48 - 49


(48)
 緒方さんにしては珍しい掠れ声です。長い間声を発していないからでしょう。アキラくんは
緒方さんの唇に人差し指を当てて『喋らなくてもいいですよ』と微笑みました。
「風邪をひいてしまったってお父さんから聞いて、芦原さんに連れてきてもらったんです」
 アキラくんの説明を受け、緒方さんは初めて芦原さんの存在に気づいたようです。ゆっくり
と顔を右から左へと動かして満面の笑みを浮かべた芦原さんを認めると、素早くアキラくんへ
と視線を戻しました。
「アキラくん」
「何なんですか〜その態度」
 緒方さんが被っているいかにも上質そうな羽毛布団の上に『の』の字を書きつつ、芦原さん
は頬を膨らませて拗ねてみせました。
「大体ね、タオルとか氷水とか、用意したのオレですよ」
 アキラくんは洗面器の中でタオルを濡らしつつ、緒方さんと芦原さんの様子を微笑んで見守
っています。この2人の兄弟弟子の掛け合いはアキラくんにとって新鮮で、それを目にするた
びにアキラくんは湧き上がる笑みを抑えることはできないのです。
「……そうなのか?」
 アキラくんは頷いて緒方さんのおでこに浮かんだ汗を拭うと、耳の後ろにタオルを当てました。
「そうですよ。冷たくて気持ちいいでしょう?」
 返事の代わりに深く息を吐き出すのは、心地良さの表れです。
 芦原さんが拗ねて書いていた『の』の字はもう消えていました。


(49)
 水槽の給餌口から餌を撒くと、様々な色の魚がひらひらと水面に上がってきます。
「お、食べてる食べてる」
 餌を与えてもいいか訊ねたときに、『多くやりすぎるな』と緒方さんに厳命されていた芦原
さんですが、緒方さんがアキラくんに構われているのを確認すると、またいそいそと餌のケー
スを開けていました。
「……アキラくん、キミは帰った方がいい」
 目を閉じたまま、緒方さんは穏やかに口を開きました。冷たいタオルで緒方さんを癒してい
るアキラくんの手の動きがぴくりと止まります。
「――え?」
「対局がずっと立て込んでいて、疲れが溜まっているだろう。風邪を移したら良くない」
 緒方さんはゆっくりと目を開けると、とても大丈夫そうではない表情で『オレは大丈夫だか
ら』と続けました。アキラくんは一瞬込めていた肩の力をすっと抜きます。
「ボクなら大丈夫ですよ、まだ若いですし」
「………」
 そんなつもりはなかったのでしょうが、アキラくんの何気ない一言にデリケートな緒方さん
は心底傷ついてしまいました。



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