白と黒の宴 49
(49)
一柳や他の高段者らと戦って勝ち抜きそれなりに自信があった。
だが同門である事と、身体を重ねた相手である事を一切遮断して緒方はここに臨んで来た。
たった一日で全ての記憶を抹消して来たように。
僅かでも自分が主導権を握っていたかのように思っていた事を恥じた。
それでも考えようとした。少しでも盛りかえす可能性があるならばと。
その時アキラは緒方の目を見てしまった。
瞬時に感情のない冷たいあの目の下で自分がどのように組み敷かれ緒方がしたいままに
身体を押し開かれたかという記憶が鮮明に蘇った。
『緒方さん…やめ…』
あの瞬間に自分が上げた悲鳴と身体の中心を駆け抜けた衝撃―目の前が真っ白になるような
凄まじい激痛と同時に背骨を電流が走るような快感に襲われ一気に到達した時の記憶。
アキラの指先が震え、挟んだ石が盤上に落ち、乾いた音をたてた。
その非礼を詫びようと頭を下げたままアキラは小さく呻いた。
「…負けました。」
続けられなかった。身体が別の事を望み始めていた。
今の自分ではまだ緒方には勝てない。その事実だけはっきりすれば、
二人にとってこの対局はもう重要ではなくなっていた。
週間囲碁や新聞の記者らはアキラに質問を浴びせかける。敗者であっても彼等にとっての
主役はあくまでアキラであった。
だがアキラには答えることが出来なかった。自分が緒方より弱いから負けたのだ。
彼等が他にどういう理由を聞きたがっているのかアキラには分らなかった。
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