病床小アキラ 5
(5)
ストーブの上に置いてあったヤカンからシュンシュンと湯気が立ち込めます。緒方さんはアキラくんの
お布団のそばで詰め碁集を読んでいました。緒方さんの顔をアキラくんは期待を込めた目で見つめています。
「――いぬ」
アキラくんの表情がぱあっと明るくなり、それからアキラくんはおもむろに眉を顰めて考え始めました。
「ぬ……ぬ……ぬぅ……あっ、ぬいぐるみ!」
『ぬ』ではじまるしりとりは少し難しかったかもしれないなと思っていた緒方さんは、アキラくんが
無事正解へ辿り着いたことを嬉しく思い、詰め碁集から目を上げてアキラくんの様子を見ました。
アキラくんはこの新しく覚えたお遊びが楽しくてしかたがないのか、うふふと笑って悶えています。
緒方さんは少し笑って頷くと、『エライエライ』とアキラくんのほっぺたをナデナデしてあげました。
「――みどり」
「りんご!」
今度はお布団の上から右手をピンとあげて、アキラくんは即答します。今、アキラくんはどんどん知識を
貯えているのでしょう。そういえばお喋りも多くなったな、と緒方さんは今までのアキラくんの成長を思い
浮かべました。アキラくんが緒方くんと自分を呼ぶのはお父さんがそう呼ぶからで、舌っ足らずな喋りかたは
どんな大人でもつい微笑んでしまうほど可愛らしいものなのです。
アキラくんの小さな右手をお布団の中にしまいながら、緒方さんは先程よりも熱く感じられない体温に
胸をなで下ろしました。
「手は挙げなくていい。それから、おのどが痛くなるから、小さな声でね。――りんご食べる?」
「ウン」
緒方さんが『小さな声で』と言ったことを気にしているのか、アキラくんは囁くように返事をし、コクリと
頷きます。緒方さんは立ち上がりました。
「すったやつがいい? うさぎりんご?」
「うさぎちゃん!」
緒方さんはOKOKと頷きましたが、また張り切ってあげてしまったアキラくんの右手をお布団の中に戻す
ことも忘れませんでした。
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