白と黒の宴 56 - 60


(56)
「…一つだけ答えて欲しい」
頂上に向かう中でふいに問われ、アキラは浮遊していた視線をかろうじて緒方の方に戻す。
「オレに抱かれた事を…後悔しないか」
アキラは一瞬言葉に詰まったように緒方の目を見つめると首を横に振った。
「…後悔なんて…ボクは…、…ボクは…、…緒方さんが…」
その先の言葉を制するように緒方の手がアキラの顎をとらえた。
「…ならいいんだ…。」

二人とも全身に汗を纏っていた。ベッドを軽く軋ませる音はいつまでも部屋に響いた。
「おが…さ、も…う…、っ…」
アキラの下腹部部分はもう何度か放った自分の体液でベトベトになっていた。
その濡れそぼったアキラのペニスはなおも緒方の動く指の中で膨らみ雫を吐き続ける。
体内でもまだ緒方自身が動き続けていた。
意識を失うまでに自分が何度到達したのか覚えていない。
ただひたすら緒方によって甘く深い快楽を与えられ続けた。
だがその夜はもうアキラがどんなに望んでも緒方の放熱がアキラの中を焼く事はなかった。

朝、アキラが目を覚ますと隣に緒方の姿はなかった。両手の拘束は解かれて全身の汚れが
きれいにぬぐい取られていた。
もみくちゃになったはずのシャツも脱がされて代りに前もって用意してあったのか新品のシャツと
下着がベッド脇の床に置いてあり、スーツの上下もハンガーに掛けてあった。


(57)
全裸の体に毛布を巻き付けてよろよろと立ち上がり、リビングに向かう。
テーブルの上に以前と同じく部屋のスペアキーが置かれていた。
アキラはぼんやりとそのスペアキーを見つめていたが、寝室に戻ると服を着て、
その日はそこで緒方を待つ事無く部屋を出た。
ドアを出て、何かを封印するようにアキラは鍵をかけた。
緒方に、そうするように命じられたような気がした。


関西棋院から送られて来た北斗杯予選の対戦表を見ながら社はいつも通う碁会所に向かっていた。
「いよいよやなあ、社。せやけど気にいらんなあ。何で塔矢アキラだけそうも特別扱い
されるんや。親父が何か手をまわしたちゃうか。」
横から覗き込んだ院政時代の仲間が毒づく。社は鼻先で笑うと対戦表をポケットにしまった。
「…特別なんや。塔矢アキラは…。」
「ハア?」
怪訝そうな顔をする仲間を置いて社は碁会所の中へ入っていった。
入ってすぐにいつもと雰囲気が違う事を社は嗅ぎ取った。
「…?」
中に居た常連客の関心が店の奥の席に注がれていた。その先に見なれない客が居た。
白色系のスーツに身を包んだ背の高い男が1人、煙草の煙りを揺らしながら
盤上に石を並べていた。


(58)
「緒方十段…」
ぼそりと社はそう口の中で呟くと吸い寄せられるようにそちらに足を向けた。
「ああ、社君、驚いたで。あの緒方先生が突然来はって君は今日来るのかと…」
囲碁サロンのマスターが耳打ちをするようにそばに寄って伝えて来た。
社は一度足を止めた。
「オレが?」
周囲の常連客は既に半分色めき興奮状態になっている。
「さすがはうちの社先生や。東京からわざわざあの緒方プロが会いに来よるとは…」
「それとも社君、この前上京した時に何ぞ約束でもしてもろたんか」
「別に、何も…」
どこか浮き足立つ常連客とは違って社は何か不穏な空気を感じ取っていた。
背を向けたそのスーツの男の姿からこちらを威圧する様子が受け取れたのだ。
明らかに好意的なものではない。
何人かの古株の常連客はそれを嗅ぎ取って遠巻きに緒方を睨み付けている。
「…フン、清春に何の用か知らんがえらいスカした東京モンや…。」
それらの視線が集まる中で社は緒方の脇まで進んだ。が、気配は分かっているだろうに
緒方は振り向きもしない。
(なんや、こいつ…)
ムッとした社は、挨拶するのを止めて戻ろうとした。その時盤上の石の並びが目に入った。
それらを見てハッとなった。
東京の碁会所で塔矢アキラと打った、その終局面だった。


(59)
ガチャリ!、と社の目前でその局面は緒方の手によって崩された。
「席についてもらえるかな。社清春君。」
石を碁笥に戻しながら静かに緒方が声をかけて来た。
一瞬社は躊躇したが、不敵にニヤリと笑みを浮かべた。
(…なるほどな…)
緒方と言えばあの塔矢門下であり塔矢アキラの兄弟子である。おのずと緒方がここへ
自分に会いに来た理由が社には分かって来た。
いくら兄弟子とはいえアキラがあの時の全てを話すとは思えない。それでもこの男は
自分とアキラの事で何かを嗅ぎ付けてここに来たのだろう、と社は解釈した。
かわいい弟弟子の為に。それ以外にここに来る理由がない。
「オレと一局打ってくださるんですか。」
「…そういうことだ。」
そのやりとりに対局していた常連客らが一斉に手を止めて二人の周囲に集まろうとした。
その時、
「その態度はないとちゃいますか、緒方先生。なんぼうちの清春が初段かて、一応プロの
端くれや。同じプロ棋士としての礼儀っちゅうもんがあるんと違いまっか?」
緒方がここに入って来た時からあまり良い印象を持たなかった年長の常連客が口を挟み、
他の客らも一瞬顔を見合わせ、それに同調するモノ言いを始めだす者が出始めた。
それを社が諌めるように緒方の前の席に座り、深々と緒方に頭を下げた。
「お願いします、緒方先生。」
瞬時に周りの雑音から切り離された勝負の世界に座した二人に常連客らは言葉を飲んだ。


(60)
戦意を向けるものとそれを受けて立つ者達が見合った瞬間から勝負は始まるのである。
昨日の本因坊の棋譜を今朝の新聞で見て、社は改めて塔矢アキラの強さを再認識した。
記事の内容は『同門対決』に寄ってしまっているが、中盤戦までの石の運びはとても同じ
年には思えない見事なものだった。
結果的にアキラは負けてしまったが戦術的には理想に近いものであったと思う。
だがそれをこの緒方は切り崩した。反撃のタイミングや駆け引きの巧妙さは経験と
持って生まれたセンスだろう。
若手棋士と同様に停滞する事無く飛躍的に成長を今だ続ける緒方は間違いなく社の世代にとっての
大きな「壁」となりつうある存在だった。
師匠の吉川八段は口癖のように『塔矢アキラは怪物だ』と言う。
その怪物を育てたのが塔矢元名人とこの緒方十段・碁聖という二人の怪物であるならば
社にとって不幸だったのは周囲に怪物がいなかった事だ。
一方で社が不満に思った事がある。
自分とのあの一件から僅かしか時間が経っていないにもかかわらずあれだけの碁を
アキラが打ったという事だった。
自分に抱かれた事がそれ程アキラにとって大した出来事ではなかったのだろうか。
単純に塔矢アキラの精神力の強さと思うべきか、それとも―。
(いや、とりあえず今は利用できるもんは利用させてもろオとこ)
なんにしても、北斗杯の選抜戦を控えてその緒方と一戦交える事が出来るのは社にとって
願ってもないことなのだ。



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