病床小アキラ 57
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アキラくんの両手に抱かれた大きなリンゴと、アキラくんのほっぺたの色にそっくりな桃の
缶詰をしばらく交互に見比べていましたが、緒方さんはやがて「リンゴをもらおうか」と掠れ
た声でリクエストしました。
「普通、風邪なら桃缶って相場が決ってるのに……」
「悪いな、芦原」
緒方さんが口先だけでも謝ってくれたことに気を良くしながらも、芦原さんは拗ねてテーブ
ルの上に“の”の字をくるくると書き続けました。
その傍らでは、アキラくんは張り切ってセーターをたくし上げています。
「りんご、ボクが剥いてあげますね」
アキラくんはキッチンの棚から小さなナイフを取り出すと、テーブルの上にリンゴとナイフ
を並べて置きました。アキラくんはあまり手先が器用ではありません。そのことをよく知って
いる緒方さんと芦原さんはぎょっとしてアキラくんを見上げました。
「アキラくん…できるの?」
「オレがやってやろうか、アキラ」
料理が得意な緒方さんと芦原さんは口々にアキラくんを心配しています。具合が悪いことも
忘れてしまったのか、緒方さんはすでにナイフを右手に握り締めていました。
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