白と黒の宴 58 - 59


(58)
「緒方十段…」
ぼそりと社はそう口の中で呟くと吸い寄せられるようにそちらに足を向けた。
「ああ、社君、驚いたで。あの緒方先生が突然来はって君は今日来るのかと…」
囲碁サロンのマスターが耳打ちをするようにそばに寄って伝えて来た。
社は一度足を止めた。
「オレが?」
周囲の常連客は既に半分色めき興奮状態になっている。
「さすがはうちの社先生や。東京からわざわざあの緒方プロが会いに来よるとは…」
「それとも社君、この前上京した時に何ぞ約束でもしてもろたんか」
「別に、何も…」
どこか浮き足立つ常連客とは違って社は何か不穏な空気を感じ取っていた。
背を向けたそのスーツの男の姿からこちらを威圧する様子が受け取れたのだ。
明らかに好意的なものではない。
何人かの古株の常連客はそれを嗅ぎ取って遠巻きに緒方を睨み付けている。
「…フン、清春に何の用か知らんがえらいスカした東京モンや…。」
それらの視線が集まる中で社は緒方の脇まで進んだ。が、気配は分かっているだろうに
緒方は振り向きもしない。
(なんや、こいつ…)
ムッとした社は、挨拶するのを止めて戻ろうとした。その時盤上の石の並びが目に入った。
それらを見てハッとなった。
東京の碁会所で塔矢アキラと打った、その終局面だった。


(59)
ガチャリ!、と社の目前でその局面は緒方の手によって崩された。
「席についてもらえるかな。社清春君。」
石を碁笥に戻しながら静かに緒方が声をかけて来た。
一瞬社は躊躇したが、不敵にニヤリと笑みを浮かべた。
(…なるほどな…)
緒方と言えばあの塔矢門下であり塔矢アキラの兄弟子である。おのずと緒方がここへ
自分に会いに来た理由が社には分かって来た。
いくら兄弟子とはいえアキラがあの時の全てを話すとは思えない。それでもこの男は
自分とアキラの事で何かを嗅ぎ付けてここに来たのだろう、と社は解釈した。
かわいい弟弟子の為に。それ以外にここに来る理由がない。
「オレと一局打ってくださるんですか。」
「…そういうことだ。」
そのやりとりに対局していた常連客らが一斉に手を止めて二人の周囲に集まろうとした。
その時、
「その態度はないとちゃいますか、緒方先生。なんぼうちの清春が初段かて、一応プロの
端くれや。同じプロ棋士としての礼儀っちゅうもんがあるんと違いまっか?」
緒方がここに入って来た時からあまり良い印象を持たなかった年長の常連客が口を挟み、
他の客らも一瞬顔を見合わせ、それに同調するモノ言いを始めだす者が出始めた。
それを社が諌めるように緒方の前の席に座り、深々と緒方に頭を下げた。
「お願いします、緒方先生。」
瞬時に周りの雑音から切り離された勝負の世界に座した二人に常連客らは言葉を飲んだ。



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