病床小アキラ 58 - 59
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「大丈夫ですよ……多分」
大人2人がヒヤヒヤしながら見守る中、アキラくんはリンゴを半分に切り、それをまた半
分に切り、さらに半分に切りました。緒方さんの管理がいいのか、ナイフは抜群の切れ味で、
アキラくんが少し力を入れただけで、スパーンスパーンと小気味良い音をさせながらリンゴを
分割していきます。まな板の上で割れたリンゴの片方がゴロゴロとテーブルの上に転がって
いくのを、芦原さんは何か恐ろしいものに出会ってしまったような表情で見守りました。
緒方さんに至っては、気を紛らわせたいのか、両手を握ったり開いたりしています。
失礼な。アキラくんは頬を膨らませてそんな2人を睨み付けて、ナイフを握り直しました。
アキラくんはまだ誰にも言っていませんでしたが、一人暮らしを考えていたのです。
「緒方さんには、早く元気になってもらわなきゃならないんです」
かつて緒方さんがアキラくんの為にそうしてくれたことを思い出しながら、アキラくんは
リンゴの皮に切れ目を入れ、恐る恐る端っこの方からナイフを刺し入れました。
切り口がガキガキになってしまったリンゴの真っ赤な皮をぶちっと手でちぎり、ナイフで
更に細かく切っていくアキラくんは鬼気迫る表情です。
「な…何を作る気? アキラ」
「うさぎりんごです……アッ!」
口を動かしてしまったのが敗因か、それとも力を入れすぎてしまったのか、アキラくんは
ウサギの耳を片方切り落としてしまいました。
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「別にそれでも構わんが…」
緒方さんは苦笑しながら手を伸ばしました。ですが、アキラくんはリンゴを掴んだまま首
を振りました。緒方さんにはちゃんとしたうさぎりんごを渡したかったのです。
「あと少しだったのに…」
悲愴な表情で耳を摘み上げるアキラくんからリンゴを取りあげ、芦原さんはそれをシャク
シャクと片付けてしまいました。
「失敗作はオレが食べてやるよ。早く次にかかれアキラ、黄色くなっちゃうぞ」
アキラくんは頷いて、次のリンゴにナイフを入れました。
昔から、ウサギのリンゴはアキラくんの元気のもとです。
風邪を引くたびにウサギのリンゴがアキラくんに元気を連れてきてくれたのです。
「うさぎのりんごを食べて、早く元気になってください」
3分の2の確率で成功したウサギリンゴを皿に乗せて、アキラくんは緒方さんの目の前に
そうっと置きました。耳が短いのから、細長いのまで、いろんなウサギがお皿の上で丸くなっ
ています。
「ボクと対戦して、『風邪ひいてたから全力を出し切れなかった』なんて言い訳、してほしく
ありませんから」
緒方さんとアキラくん、2人の初めての対局はすぐそこまで迫っていました。
やっとおわり
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