白と黒の宴 6 - 7
(6)
手にしたティーカップの中の茶褐色の水面を見ながらアキラはもう一度ため息をつき、
髪を軽くかきあげた。そして緒方の視線がこちらに向いたままなのに気がついた。
「…ボクの顔に何かついてますか?」
「やはり顔色が良くないな。それに少し痩せたようだ。ちゃんと食べているのか?」
「食べてますよ。緒方さん、いつからそんな心配性になったんですか?」
「それならいいんだ。独りもの同士、久しぶりに飯でも一緒に食うか。ごちそうしてやる。」
「おごってもらっても対局の手は緩めませんよ。」
本音を言えばほとんど食事が喉を通らない日々が続いていた。今でも、胃の辺りが少し痛む。
飲み物だけを流し込むのが精一杯だった。
それでも背筋を伸ばし、緒方に続いて席を立ち帰り支度を始める。
「あ、若先生、よかった、今日いらしていた。」
その時碁会所に入って来たその常連客を見て、アキラは青ざめた。
社をここに連れて来た男だ。
「すみません、若先生。甥っこの対局につき合ってくださったばかりか、見送りまでなさって
くれたそうで…ありがとうございました。」
男はそう言って深々とアキラに頭を下げた。
「いえ…」
表情を強張らせてアキラは足早にその男の脇を通り過ぎた。
「甥っこと対局…?」
その言葉に関心を示した緒方に市河が説明した。
「大阪弁の男の子だったわ。進藤君以来よ、同い年位の子とアキラ君がここで打ったのって。」
(7)
「…ふうん。」
何かを問いた気に緒方がちらりとアキラの顔を見る。
「面白い子だったわよ。体が大きくて男っぽくて。アキラ君と対局を続けるために
新幹線の切符まで破いちゃって…」
「ほんの、軽い手合わせですよ。」
アキラは市河が緒方にそれ以上話すのを遮断するように言うと碁会所のドアを出て、
エレベーターのボタンを押した。
エレベーターはすぐにその戸口を開けた。緒方も多少慌てて追い付きアキラに次いで中に入る。
コートに袖を通さず固く握りしめているアキラを緒方は黙って見つめるが特に何も聞いて来ない。
よけいな事は言わない方がいいだろうとアキラは思った。
特に言葉を交わす間もなく下に着き、表に出た。
アキラはいつもの緒方が車を停めている場所に向かいかけた。が、緒方は別の方向に歩み出した。
「緒方さん?どちらへ…」
「確かこの近くだったはずだな。」
緒方が進む方向について行きながら、アキラは動揺した。あの事務所に行くつもりなのだ。
「アキラくんは新しい事務所をもう見たのかい?」
「いえ!、まだ…」
思わずそう答えてしまってアキラは後悔した。
「中国棋院に関する資料を借りたいんだ。事務所に置いてあると聞いてね。それを取りにいくだけだ。」
アキラは迷った。一人先に駐車場に行くべきか、それとも一緒に行くべきか。
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