白と黒の宴 60
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戦意を向けるものとそれを受けて立つ者達が見合った瞬間から勝負は始まるのである。
昨日の本因坊の棋譜を今朝の新聞で見て、社は改めて塔矢アキラの強さを再認識した。
記事の内容は『同門対決』に寄ってしまっているが、中盤戦までの石の運びはとても同じ
年には思えない見事なものだった。
結果的にアキラは負けてしまったが戦術的には理想に近いものであったと思う。
だがそれをこの緒方は切り崩した。反撃のタイミングや駆け引きの巧妙さは経験と
持って生まれたセンスだろう。
若手棋士と同様に停滞する事無く飛躍的に成長を今だ続ける緒方は間違いなく社の世代にとっての
大きな「壁」となりつうある存在だった。
師匠の吉川八段は口癖のように『塔矢アキラは怪物だ』と言う。
その怪物を育てたのが塔矢元名人とこの緒方十段・碁聖という二人の怪物であるならば
社にとって不幸だったのは周囲に怪物がいなかった事だ。
一方で社が不満に思った事がある。
自分とのあの一件から僅かしか時間が経っていないにもかかわらずあれだけの碁を
アキラが打ったという事だった。
自分に抱かれた事がそれ程アキラにとって大した出来事ではなかったのだろうか。
単純に塔矢アキラの精神力の強さと思うべきか、それとも―。
(いや、とりあえず今は利用できるもんは利用させてもろオとこ)
なんにしても、北斗杯の選抜戦を控えてその緒方と一戦交える事が出来るのは社にとって
願ってもないことなのだ。
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