白と黒の宴 62 - 63
(62)
社の手が止まる。口元に手をあてて考え込む。相手が相手なのだから当然と見る向きもあったが
この囲碁サロンではあまり見る事のなかった社の様子に常連客らも声もなく見守る。
片手を口元に置いたまま社がゆっくりと石を運びある箇所へ置く。
緒方もまた、2本目の煙草に火を点け一拍置くように眼鏡に手をやり、次の一手に時間をかける。
一本の木を挟んで睨み合う虎と獅子のように緊張感の中でのやり取りが続く。
先刻の社の一手で流れが変わったが緒方の読みを警戒し、性急な打ち込みを避け、局面は複雑化した。
常連客の何人かは戦況が理解出来ず脱落していく中、年長の客は展開よりも社の様子に見入っていた。
手をあてた隙間で社の唇は笑みを浮かべていた。
「…清春があんな楽しそうに打つのを見るのは久々や…」
年長の客は腕組みをし、社と緒方の顔を見比べる。緒方は相変わらず感情を表に出さない。
「フン、やっぱどうもイケ好かんわ…」
緒方は社の見方とはまた別の意図を持ち始めていた。
社という少年の実力を計ろうとしていたのは当然前提としていたが、彼を取り巻く環境と
彼自身に興味を持ち始めていた。
常連客らに見守られ支持されているところと、そういう碁会所でチヤホヤされてきた
子供にありがちな片寄ったプライドが無いところがアキラと似ている。
見切られていると判断したらあっさり自分のパターンを捨てる。その上で更に的確な手をよく考えて打って来る。
(63)
アキラが碁会所で社と打った後で、社を見送りに一緒に出て行ったという話を市河から聞いた時は
にわかに緒方としては信じられなかった。
社のどこかにアキラが惹かれた部分があるとすればそれを確かめないわけにはいかなかった。
「進藤だけかと思っていたが…」
ボソリと緒方が呟き、「?」と社が顔を上げる。
その時点で僅差ではあったが緒方の優勢は変わりそうにはなかった。
「ここまでやな…」
社が石を離し、頭を下げた。
「ありません。」
ハッキリとした声だった。負けたとしても食らい付ききったという自負があるのだろう。
緒方は煙草を灰皿に押し付ける。
「…オレが出来る事は塔矢アキラにも出来る。この次は彼に対し同じようなやり方は
二度と通じん。ましてや…」
石を戻しながら緒方は社を見据えた。
「弱味につけこむようなマネは止めてもらおう。」
(…こいつ…)
囲碁の事だけを指しているのではない。緒方とアキラの関係が特別であると社は確信した。
そして緒方が席を立って帰ろうとした時、我慢出来ないといった様子で
数人の常連客が緒方を囲んだ。
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