白と黒の宴 66
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碁会所の窓からアキラは通りの向いのビルの隙間の空を眺めていた。
父親が経営している駅前のではなく、別の場所へ都合のつかなくなった棋士の代理で指導碁に来ていた。
断る事も出来たが、たまには違う雰囲気の中で仕事をするのも良いかと思った。
リーグ戦後で常連客らが何か気を使う部分から逃れたいと感じたせいもあった。
今までそんな風に思った事が無かったのに、急に“見守られている”という囲いが煩わしくなった。
緒方との一戦で、自分にはまだ何かが足りないと考えた。
自分は恵まれ過ぎている。それで何か大切なものを見落としてしまっているような気がする。
対局から2日経ち、神経と肉体から熱が冷めるに従ってそんな事を考えるようになった。
その緒方から、あの後連絡がない。その事でホッとしている自分がいる。
そして緒方からまたマンションに来るように言われれば拒めない自分が居る。
『オレに抱かれた事を…後悔しないか』
消え入りそうな声で問いかけられた時、すぐには返事が出来なかった。
『…ボクは…緒方さんの事が…』
あの時自分はどう答えるつもりだったのだろうか。彼の体の下で彼に支配され切った体で。
緒方が望む答えを与える事で行為が続行されるのを望んだのではないのだろうか。
自分は緒方を利用しようとしていたのではないだろうか。
社との一件の後、おそらく今後の社の出方を想像すれば誰かの庇護が必要だった。
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