白と黒の宴 68 - 69
(68)
電車に乗っている時点で雫が窓ガラスに斜に走り、駅に着くと同時に本降りとなった。
「まいったなあ…。」
自宅を出る時既に雲行きは怪しかったが、リュックの中に降り畳傘があるからと安心していた。
だがいざ取り出してみると柄の途中が微妙に曲がっていて開く事が出来ないと分かった。
駅からアキラの家までは歩くと結構あるがタクシーを使う程ではない。同じようにタクシーを使うか
思案したり携帯で迎えを呼ぶ者らで次第に狭い駅の軒下が人で溢れかける中で
ヒカルは途方にくれていた。
大体訪ねたからといってアキラが家にいる保証はないのだ。
午前中までは和谷のアパートでいつもの定期的な研究会をしていたが、午後から和谷が
仕事があるため一度解散した。
伊角に久々にどこか碁会所を荒しにでも(?)行こうかと誘われたが断ってヒカルは家に戻った。
アキラが来るような気がした。もしくは、アキラが自分に会いに来て欲しがっているような、
そんな気がした。
そうして夕方近くまで自分の部屋のベッドに寝転がっていたが、結局自分が来てしまった。
意地があるから駅前の碁会所を覗く気にはなれなかった。
空の端が明るく光っている。そのうち雨は上がるだろう。そうしたらさっさと駆け出して
ちょこっとアキラの家を覗いて、留守のようだったら帰る。そうしようと思った。
その時到着した電車から流れて来た人々の足音がする中、すぐ背後で誰かが立ち止まる気配があった。
「…進藤…」
振り返ると、ただ驚いたように真直ぐヒカルを見つめて来るアキラの視線があった。
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アキラの傘の中で雨の中を寄り添って歩く。
「今、両親とも留守だから…家に来てもらってもあまりたいした事出来ないけど。」
「そんなんじゃないよ。ただちょっと…」
「?」
とアキラが小首を傾げるようにしてヒカルを見つめる。
「ちょっとだけ、塔矢の意見が聞きたかったんだよ。」
「この前の君と森下九段の一局?」
「そう。」
アキラがヒカルの顔を見ながら話すのとに対し、ヒカルは何故かぶっきらぼうに前方を
見つめたままだった。それでもちらちらと横目でアキラの横顔を盗み見ていて、アキラと
目が合うとまた慌てて前を向く。
「…?」
アキラが不思議そうにヒカルの横顔を見つめる間はヒカルはこちらを見ようとしなかった。
「どうぞ、上がって。肩とか濡れてない?今タオル持って来るから。」
「あ、いいよ、大丈夫。オレもタオル持ってるし。」
ヒカルは一度だけこの家のすぐ前まで来た事があった。佐為を捜しに。
あれ程対局を望んだ塔矢元名人のところに引っ掛かっていやしないかと思いながら。
今思うと馬鹿馬鹿しいのだが、少しでも可能性があれば当時は動かないではいられなかった。
中に入ってみて気品のある旧い日本家屋独特の匂いと陰影に、囲碁の神様が住んでいたって
おかしくない、威厳のような空気をヒカルは感じないではいられなかった。
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