白と黒の宴 70 - 71
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アキラがお茶を煎れてお盆に適当にお茶請けと供に乗せて自分の部屋に戻ると、先に
通されていたヒカルが興味深げに部屋を見回していた。
本棚やローチェアーの中を覗き込んで自分だったら本屋で到底手に取らないであろう類いの
小説やらよその国の史記らしきものの背表紙の題字をぶつぶつ読んでいる。
「塔矢の本棚、漫画ってないんだな。読んだ事ないのか?」
「あるよ。ドラエもんとか。」
「…う、うん。ドラエもんか。」
「あまり見ないでよ。恥ずかしいよ。」
適当な場所にお茶を置くとアキラは部屋の片隅に立て掛けてあった碁盤を出して準備した。
「そこの押し入れの中に座ぶとんが入っているんだ。2枚、出して。」
「あ、ああ」
押し入れの戸を開けても何かが転がり落ちて来るというアクシデントもなく、きちんと整とんされた
布団と衣装ケースの並びにヒカルはつまらなそうに下の段の座ぶとんを運び出す。
「悪かったね、面白いものが何もなくて。」
アキラはヒカルをなだめるように笑んで仕事で着ていたスーツの上着だけ脱いで
ヒカルから座ぶとんを受け取る。
「いやまあ、別に…」
少し好奇心を表に出し過ぎた事を恥じて頭を掻きながらヒカルもどっかりと腰を降ろす。
そしてすぐに真面目な表情で碁盤の上に両方の碁石を手早く並べ始めた。
アキラも身を乗り出すようにしてそれに見入った。
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「検討会は結構やったんだけどさ、どうしても森下師匠本人が目の前だと和谷とか
冴木さんも…オレも突っ込んだ事言いにくくてさ、例えばここ…」
並べた石を少しさかのぼって取り払い何手かパターンを示す。
「ああ、なる程ね。こっちを先にオサエたくなるのは分る。けど…」
アキラはヒカルの言いたい部分を理解し、手を伸ばして他の手を提示する。
「うん、オレもそれ考えたんだけど森下先生は『ジッセンテキじゃない』ってさ。」
「ボクは面白い手だと思う。ただその次にここに打つのはどうかと思う。」
「なんで。いいんだよこれで。」
「じゃあボクはここに行くよ。そうしたら進藤はどうする?」
「こっちにトぶ。」
「ふーん…ならこっちはキッていいんだね。」
「ぐっ」と詰まったような表情をしながらあくまでヒカルは引き下がろうとしない。
そうしていつしか盤上は二人の対局と化しつつ、目まぐるしく石と意見が交錯した。
先に音を上げたのはヒカルの方だった。
「分かった。分りました。でもこれでスッキリした。」
さすがに疲れたのか、そう言ってヒカルは首の後ろや肩を手で揉んでいる。
「塔矢も緒方さんに負けたんだよな。さすがタイトルホルダーだな。どんなだった?」
「…ボクのはいいよ。」
あの時の棋譜を思い返す事はその後の事まで一緒に思い出す事になる。
「…ふうん?そお?」
ヒカルは特に疑問を持つ様子もなく畳の上に大の字に寝転がった。
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