白と黒の宴 8 - 9
(8)
あの事があった次の日、アキラは熱っぽくあちこち痛む体で午前中に事務所に行った。
「行為」の痕跡を消すためだ。
和室の畳の上でようやく社が体を起こして自分の体内から抜き出た後、彼は自分の
スポーツバッグからタオルを取り出して自分とアキラの体の汚れを拭き取った。
「あかん、時間ないわ。」
それ以外の後始末もそこそこに部屋を出たのだ。
体の内と外に生々しく感触が残っているのにその場所に戻る事はアキラにとって辛かった。
研究会の時と違ってゴムを着けてもらえなかった為に夜中に何度もトイレに通い、殆ど眠れなかった。
母親に気付かれないよう、二つあるトイレの客用の家の奥にある方を使ったが、
それでも一度母親が起きて来て心配そうに声を掛けられてしまった。
事務所に入り和室の戸を開けた時、一瞬そこに体を繋げ合い喘ぐ社と自分の姿があるように感じた。
自分達が放ったものの臭いが漂っているようでに吐き気を覚えた。
窓を開けて換気をし、畳の上が汚れていないか確認した。本棚の中で崩れていた本を揃えた。
大丈夫だと思う。あの場所であった事は誰にも気付かれないはずだ。たとえ勘の鋭い緒方でも。
前を行く緒方にはそんなアキラの表情は分からない。静かな奥まった道に入り、その建物に入る。
鍵は緒方も持っていた。事務所は緒方にも解放される事になっている。緒方は身内同然と言っていいだろう。
行洋が単独で中国に行く間何かあった時は母親も緒方に相談する事が多かった。
それだけに、今回の事も緒方には絶対に知られたくないとアキラは思っていた。
ある意味、両親やヒカルに知られるより辛いかもしれない。
(9)
アキラにとって緒方は特殊な存在だ。兄として父として、師として、つかず離れず常に自分を導いてくれた。
言葉で言わなくても緒方がどんなに自分の事を大切に思ってくれているかもアキラは知っている。
ドアを開けると緒方は真直ぐに目的の物がある机の上の書類の箱に向かった。
「ああ、これだ。」
ちらりと中身を見て、書類の封筒を取り出すとまた真直ぐ出入り口のところに立つアキラの方に向かって来る。
和室の方に関心を向ける様子はない。
「悪かったな、アキラくん。さて、何を食おうか。」
アキラが安心しかけたその時、緒方が床の隅に落ちていた紙片に気付いて拾い上げた。
「何だ、これは。」
何気なくアキラは緒方の手のその紙片を見た。その瞬間体から血の気が引いた。
新幹線のチケットだった。
破られた右隅の部分で新大阪の文字が見てとれる。
アキラは必死で碁会所で社がチケットを破いた時の事を思い返した。
アキラの目の前で社はチケットを破いた。そんなに細かく裂いた訳ではない。
一部はひらりと床に落ちたかもしれない。社は無造作にそれを学生服のポケットに突っ込んだ…。
和室から出ようとしたアキラを社が捕らえて後ろに引き倒した。ここで揉み合った。
「アキラくん!?」
自分では普通に立っているつもりだった。
気がつくと緒方の腕の中に倒れこんでいた。正確には、目眩をおこしたように膝を崩しかけたアキラを
緒方が抱きとめたのだ。
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