誘惑 第二部 16 - 20


(16)
「和谷…」
ヒカルは和谷が泣いてるのかと思って、なんだか自分が泣かせてしまったような気がして、気が
付いたら謝罪の言葉を口にしていた。
「和谷…ごめん…」
「何、謝ってんだよ。おまえが何を謝るんだよ。おまえに謝られると、なんか余計にムカツクよ。」
どうしてオレはこんな時にも、こんな八つ当たりみたいなことを言っちまうんだろう。
ごめん、進藤。謝るのはこっちの方だ。本当に、ごめん。
「でもさ、オレ…オレ、和谷が好きだよ。」
「うん……サンキュー。」
「また、遊びに行ってもいいかな?」
「うん、来てくれよ。」
「研究会はやってんのか?」
「最近は…やってなかったけど、また、やるよ。みんなに声かける。おまえも来てくれるか?」
「うん。行くよ。」

「じゃあな!和谷!」
「またな、進藤。」
笑って手を振って、それから和谷に背を向けて歩き出したヒカルを、和谷は立ち止まって見送っていた。
やっぱり、オレはおまえが好きだ。おまえを傷つけるなんて、できるわけなかったな。
ごめんよ、バカなこと考えて。
それに。
多分、としか言えないオレに、やっぱり勝ち目なんか無いんだ。
オレはあんなに真っ直ぐに「好きだ」なんて言えない。
オレは進藤が羨ましい。オレみたいに、ヒネたり、自分の気持ちに嘘をついて誤魔化したりしないで、
欲しいものをちゃんと欲しいって言える。自分の欲しいものが何なのかちゃんとわかってる。
きっとオレが進藤にかなわないのはそれだけじゃないだろうけど。


(17)
オレはずっと、自分が塔矢を好きだなんて、気が付いてなかった。
だって、誰かを好きになるって、ドキドキしたり、ワクワクしたり、もっと楽しいもんじゃなかったのか?
塔矢を見ても、そんな気持ちになった事なんてない。ただ、わけもなく苛々して、気が落ち着かなくて、
腹立たしくて、だからオレは塔矢が嫌いなんだと思ってた。イヤな奴だって。大っ嫌いだって。それな
のに、いっつもあいつの事ばっかり考えてた。
オレなんか見向きもしない塔矢の目をオレに向けさせるためだったら、どんな事でもしてやろうなんて
思ってしまった。それこそ、本当は大好きなはずの友達を傷つけても構わないなんて思ってしまった。
こんなのは嫌だ。こんなに苦しくて、自分の嫌な所や汚い所ばっかり思い知らされて、どんどん自分
が嫌いになって、それで、こんな風になっちまうのもおまえのせいだ、塔矢、って、それさえあいつの
せいにしそうになって。どんどん自分が嫌になるばっかりだ。
誰かを好きになるって、もっと楽しいもんじゃなかったのか?
こんなに苦しいばっかりの気持ちがあるなんて、オレは知らなかった。


(18)
一度だけ、この部屋にあいつが来た。
そうだ。あそこに座っていた。
でも塔矢はオレに会いに来た訳じゃない。進藤のためだ。進藤のことを持ち出さなかったら、あいつ
はオレに振り向きもしない。
なんで、あんな事をしてしまったんだろう。
あの時も言った。おまえが好きだって。言い訳みたいに口にした。
オレが好きだって言ったら途端に嫌がったあいつを、無理矢理押さえつけた。でも、あいつは最初は
嫌がってたみたいだったけど、途中からはそうじゃなくなって、オレは塔矢が怖くなった。怖くて、でも
夢中だった。男相手だって、初めてのセックスにオレは無我夢中だった。
それでも、身体はオレの手の中にあっても、あいつはオレなんか感じてもいなかった。
いつもと同じように、オレがいてもオレなんか目に入ってなかった。
あいつはオレじゃなくて、緒方か、進藤か、どっちだかわかんないけど、きっとどっちかに抱かれてる
つもりだったんだ。
好きなヤツを抱けたんなら、ホントはもっと嬉しくてもいい筈じゃないか?なのに、本当に虚しかった。
あんな嫌な思いをしたのは初めてだった。
思い出したくない事なのに。それなのに、また思い出してしまった。
一番に、思い出したくなくて、でも、どうしても忘れられない。
きっと一生忘れられない。
あいつの声を。あいつの肌触りを。あいつの中を。忘れられる筈がない。


(19)
塔矢。
あんな風に、いつも進藤と抱き合っているのか。
あんな声をあげて、緒方十段に抱かれているのか。
知らなきゃよかった。塔矢アキラなんて。会わなきゃよかった。触れなければよかった。
あいつさえいなければ、オレはこんな思いをしなくて済んだ。
こんなに苦しい思いをしなくて済んだ。
オレがこんなに卑怯でずるくて汚い奴だなんて知らなくて済んだ。
どんなに呼んだって振り向きゃしないのはわかってる筈なのに、それでも呼んでしまう。
手に入らないのはわかりきってるのに、それでも欲しいと思ってしまう。

いっそ引っ越してしまおうか。
たった一度塔矢を手に入れたこの部屋から離れたら、そうしたら塔矢の事も忘れられるだろうか。
塔矢の声が、匂いが、まだ残るような気がするこの部屋から離れたら、忘れられるだろうか。


(20)
いやだ。
忘れたくない。
忘れられないんじゃない。忘れたくないんだ。
たった一度でも、身体だけでも確かに塔矢はオレの腕の中にいて、オレは塔矢の中にいたんだって。
あれは夢なんかじゃなくって、オレの妄想じゃなくって、本当にあった事だったんだんだって、ずっと忘
れずにいたいんだ。失くしてしまいたくないんだ。
冷たい目でオレを見る塔矢。殺しそうな勢いで睨みつける塔矢。嘲るようにオレを誘惑する塔矢。
そして、泣いている塔矢。キミなんか大っ嫌いだ。そう言ってガキみたいに泣いてた塔矢。
あんな塔矢アキラをオレは知らなかった。それまでオレが知ってたのは塔矢の取り澄ました横顔だけ
だった。知れば知るほどわからなくなって、もっとあいつを知りたくなってしまう。

どうしたらいいのかわからない。
忘れなきゃいけないのに。さっさと諦めなきゃいけないのに。
塔矢がオレを見る可能性なんて100%ないのに。それだけはいくらオレだってわかってるのに。
どうしたら忘れられるんだ。塔矢。どうしたらおまえを諦められるんだ。
このまま時間が経つのを待つしかないんだろうか。時間が経てばいつかは忘れられるんだろうか。
他の誰かを好きになったりできるんだろうか。



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