裏失楽園 21 - 22


(21)
 ボクは小さい頃からプリンが大好きだった。彼の分まで食べて怒られたこともある。どうして
それを彼は今頃持ってきたりするのだろう。
 ボクと一緒に食べようと思ったのだろうか。それとも――進藤と一緒に食べろという皮肉を込めて
持ってきたものなのだろうか――。ボクには判りかねた。
 床に座り込んだまま、プリンのふたをぺりぺり破く。スプーンを取りに行くのが面倒で、ボクは
自分の指でプリンを掬って口に運んだ。口の中に甘い香りが広がる。
「……おいしい…」
 気がつかなかったが、どうやらボクは空腹だったらしい。ボクは夢中でプリンを食べた。プリンを
掬う指先が冷たくなることも気にならなかった。
 ――アキラくん、いっぺんに食べちゃったらおなか壊すよ。
 不意に緒方さんの声が蘇る。いつだったか、彼はボクにサラダボウルで作った大きなプリンを
プレゼントしてくれたことがあったのだ。みかんや桃の缶詰めがたくさん詰まったそれは幼かった
ボクの顔よりもずっと大きくて、ボクはスプーンを握り締めていつまでも笑っていた。
「………っ」
 ――熱いものが溢れてきて視界が歪む。両目から零れてボタボタと床に落ちるものが涙だという
ことは、理解していた。


(22)
 ボクは凍えそうになる身体を抱きしめて夜が明けるのを待った。
 ボクが生まれる前から家にいて、ずっと家族のように、そして彼は『愛人』と評したが
ボクにとっては恋人のように、彼はボクの傍にいた。
 『緒方さん』と――ボクは今までに何度口にしただろう。
 彼が去っていった理由をぼんやりとした頭で反芻する。考えなくともその原因は自分―
―進藤と寝た自分――にあることは判っていた。
 緒方さんがボクを抱きながらも、他の人とも平気で付き合える人だということは知って
いる。だから、許されると思っていた。
 進藤を、好きだと思う。……その気持ちが、彼を不機嫌にさせたのかもしれない。彼は
愛だの恋だのいう感情は愚かなものだと思っているに違いないのだから。
 テーブルの上に置かれた赤い煙草の箱が目に入る。彼がいつもそうしていたように取り
出そうとしたが、上手く飛び出してはくれず、不器用に摘み上げて唇で挟んだ。
 火をつける直前に、ボクは我に返った。煙草を箱の中に戻す。
 自分はかなりのヘビースモーカーのくせに、彼はボクが煙草に興味を持つことを許さな
かった。セックスの後の一服は最高だと笑いながらも、ボクには決して吸わせることは
なかったのだ。
「……変な人」
 ボクは笑った。その『変な人』を愛している自分はもっと変なのかもしれないなと。



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