裏失楽園 41 - 45


(41)
 緒方さんの美しい指がどのように動くか、ボクは経験で知っている。ボクはいつもその動きに
トロトロに溶かされて、身体中の力が抜け何も考えられなくなるのが常だった。後から思い出す
と顔から火が出そうなくらい恥ずかしい格好も、特に疑問に思うこともなく受け容れられた。
「やっ、やだってば………!」
 進藤は頬を赤くして身体を捩る。誰かに触れられることに慣れていない進藤なら尚更だ。感じす
ぎて不安定になっているのだろう、緒方さんの腕を掴んだ指に力が入ったり抜けたりする。
 ボクは2人の痴態を、思ったよりもずっと冷静に見ていた。
 2人の動きを捉えながら、緒方さんのこの行動の理由を考える。
 ……彼は、ボクが緒方さんを非難した言葉を受けて、逆上したようにも見えた。もしかしたら
彼は、進藤を抱くつもりはなかったのかもしれない。いや、それならば進藤があんな格好をして
いたことに説明がつかないじゃないか。考えが上手くまとまらず、ボクは歯噛みした。


(42)
 ベッドの上の進藤は、既に何も身に付けていないも同然の姿だった。緒方さんはこの間ボクを
抱いたときのように、全く服装に乱れがない。ボクはいつも彼にしがみついて、彼の髪の毛をグ
チャグチャにしてしまうのだけれど、進藤は緒方さんの手の動きを阻むように彼の腕にしがみつ
いたままだった。
 進藤の胸を啄ばみながら、緒方さんの冷めた視線がボクをちらりと掠める。ボクが2人を凝視
していることに気づいたのか、ボクの目に焦点を定めたようだった。ボクと視線を絡ませたまま、
突き出し尖らせた舌で進藤の身体のどこかをぺろりと舐める。
「んっ!」
 彼の身体の下でぴちぴちと進藤が撥ねるのが視界のどこかを掠めたが――、ボクは緒方さんの目
を見つめることしかできなかった。そして緒方さんの視線も、ボクから逸れることはない。
 ボクを見つめていた緒方さんの目がフッと細められる。
「あ……」
 そして――その瞬間、ボクは唐突に気づいた。
 緒方さんが、彼が、抱いているのはボクだ。


(43)
 緒方さんの手は迷うこともなく進藤の身体を撫で回し、時には口づけ、舌で愛撫を加える。
 その度に進藤の身体はピクンピクンと反応し、だらしなく開いた口許からは銀色に光る唾液が
ツツ…と零れて落ちた。いつのまにか進藤は目を伏せていて、緒方さんの腕を掴んでいたはずの
指先はベッドの上に力無く落ちている。
 緒方さんの視線は相変わらずボクの目、あるいは身体の上にあり、彼が進藤の胸を触っている
時には左右の胸を、そして進藤の細く浮き出た鎖骨に噛み付いた時にはボクの首のあたりに焦点
を定めているように見えた。
「ふ………ン、」
 鼻から抜けるような進藤の声が度々聞こえてきて――身体が、熱くなる。緒方さんが見つめて
いる部分が、ちりちりと焼けるようだった。それは何年か前の夏休み、彼に体毛を焼かれたとき
に触れた線香の熱にも似ていて、ボクは僅かに混乱する。
 緒方さんはもう、ボクに『見ろ』と命じることはなくなっていた。彼自身、余裕がなくなって
きたのだろう。形の良い彼の唇は次第に進藤の薄い鳩尾や腹部を降りて行き、進藤の脚の付け根
の内側の柔らかい部分を、いつもボクにそうするように噛んだ。ボクを見据えたまま。
 進藤のそれはふるふると震え、直接的な愛撫を施されるのを待っているかのように勃ちあがっ
ていた。緒方さんはその美しい指で進藤を捉えると、その先端に爪先を捻じ込んだ。


(44)
 緒方さんが進藤の砲身に突き立てた爪先を小さくクイと動かすと、彼は大きく息を吸い込み、
湧き上がるうねりを逃すように小刻みに胸を喘がせて、ハッハッと少しずつ息を吐き出している。
 足を大きく開き、その間に緒方さんを捉え――喉元を仰け反らせて進藤は喘いでいた。
「――達きたいか?」
 緒方さんが少し掠れた低い声で訊ねる。それはベッドの上でしか聞いたことのないような声音で、
それだけでボクは熱を孕みだした自分の身体をひどく意識した。
「んっ、いき……たッ………」
 進藤はガクガクと何度も頷き、下半身を上へ突き出すような仕種を繰り返す。緒方さんは右の
人差し指で進藤の欲望の出口を塞いだまま、親指を側面にゆっくりと滑らせた。その仕種のひとつ
ひとつが、ボクにその感触を蘇らせる。視覚、嗅覚、聴覚の全てが、緒方さんとの行為あるいは
進藤との行為を思い出させた。――興奮、しないはずがない。


(45)
「センセっ………!」
 進藤の右手が何度か空を切り、やがて緒方さんの右手を掴んだ。
「もう………っ!」
「思い切りイクといい。アキラくんの見ている前で」
 恐らく――進藤は、その瞬間までボクの存在を意識から消し去っていたのだと思う。緒方さんが
ボクの名前を口にした途端、彼は半分閉じかけた瞳をカッと見開き、ボクを仰ぎ見た。
 ボクがどんな表情で2人を見つめていたのか、ボクには判らない。ただ、進藤が目を閉じて顔を
背けたのと、緒方さんが口角を上げて微笑んだのが同時に見えた。
「塔矢、見るっ……な……!」
 進藤がボクと反対の方向を見て叫ぶ。だが、その叫びが甘い悲鳴に変わるまで、そう時間は掛から
なかった。
「ああっ」
 ボクと緒方さんの絡み合う視線の間に、進藤が放った白い体液がトクッと飛び散った。



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