裏失楽園 61 - 65


(61)
 そのことを知っていたからかもしれない。あれほど痛かった鳩尾の痛みも、頭に鳴り響いてい
た耳鳴りも、こめかみを圧迫していた心臓の鼓動も気にならなくなっていた。
 ボクはようやく片手でベルトのバックルを外しすと、今度はボタンに指をかける。
「もう、緒方さんしか知らなかった頃には戻れないんです」
 ボクは進藤が欲しかった。ライバルとしてでも……友情でも愛情でも良かった。あの太陽の強
烈なそれに似た光を、ボクは傍に置いておきたいと願ったのだ。
 しかし、ボクが彼のところにまで行くのは、何も知らなかった頃に戻るのは無理だった。
「彼をボクと同じ場所へ堕としてやりたかったんです。だから進藤を抱いて……でも、ボクはあ
なたとも離れられない」
 早くしなければ進藤が帰ってきてしまう、その思いがボクを更に焦らせた。
 ボクは唇を湿らせると喉の奥へと彼を呑み込み口蓋と舌で彼を愛撫し、空いた両手でボタンを
外した。
「フ…ン、強欲だな」
 ジッパーを下ろすと、スラックスと下着を一緒に掴んで引き摺り下ろす。
「これが、ボクなんです」
 そうだ、ボクは強欲なのだ。緒方さんが知らなかっただけで。
「……あなたしか知らなかったころと、今のボクが違うというのなら、いっそ慣れてください」


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 膝のあたりを拘束していた衣類を蹴り散らすと、ようやく自由を得た気がした。
 ボクは彼自身を口で愛撫し続ける。そして空いた手を交互に使い、ボクは自分の後孔を解して
いった。緒方さんが進藤に使った苺の味がするローションを手に掬い、冷たいそれを温めること
もせず後ろへ運ぶ。
「……するつもりなのか?」
 後ろ手を突いたまま、その逞しい身体をボクに預けていた緒方さんが低い声で訊ねる。
 ――何を今更。そんなの当たり前でしょう。
「ええ」
 ボクは短く答え、手のひらに掬ったローションを慎重に自分の後ろに塗り込めることに専念し
た。しかし、喉の奥を突いてくる彼に翻弄され、慣れないボクの手はそこ以外の場所にまでベタ
ベタした液体を広めてしまう。両手がローションで滑り、瓶を何度も落としそうになった。
「一人では上手くできないだろう。貸しなさい」
 口がおろそかになったことに気づいたのか、緒方さんはベッドヘッドに凭せ掛けていた背中を
起こし、ボクの左手から小瓶を取り上げた。


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 緒方さんは膝を曲げて、ボクの背中を軽く挟みボクの身体を自分の方へ引き寄せるようにした。
ただでさえ密着していた彼を、より深いところまで呑み込むことになる。
 喉の奥を刺激されて吐きそうになり、ボクは一度それを吐き出して横から唇で挟んだ。彼は無
理矢理ボクに自分を咥えさせるようなことはしないから、ボクが気まぐれに彼を扱っても、何を
しても許される。口で奉仕することを強いられたこともほとんどなかった。
 ただ、ボクが彼の身体に顔を埋めると緒方さんは幼い頃にしてくれたように、ボクの髪に指を
絡ませ、褒めるように何度も頭を撫でてくれる。それが心地良かった。
「随分使ったな」
 緒方さんはからかうように呟くと、ボクの背中に覆い被さるようにしてボクの後ろに温めた液
体を塗り込めた。
「早くして、ください」
 進藤が来ないうちに、早く繋げて欲しかった。早く彼をボクの体内に納めて、進藤が帰ってく
るときには何もなかった振りをして服を着てしまいたい。ボクは彼にせがんだ。
 入り口を撫でていた彼の指がくぷ、と入ってくる。


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 彼の器用な指が身体に侵入してくることによって生じる、えも言われぬ感触。
 身体の奥からうねるように響いてくるそれに反応してみっともない声を上げないように、
ボクはキツク唇を噛んだ。
「3本に増やすよ。……いい?」
 ボクはそっと彼の硬い大腿に手を置いた。頭の上から降ってくる低い声に頷く代わりに。
 彼のスラックスは、ボクの指についた粘着質な水分を吸い取って少し色が変わる。
 ボクの体内で彼の指が掻き回すように動き、ボクの中に入ったままの軸――おそらく中
指――の両側から硬い彼の指が一気に捻じり込んできた。
「うぁ…っ」
 慣れてはいるけれども、それでもやはり簡単には受け容れることはできない。息が詰ま
るような衝撃に身体が自然と上の方へと移動すると、頬に彼の怒張したものがピタピタと
当たった。
 ボクの吐く息をそこに感じるのか、目の前の『彼』は幹に太い血管を浮き上がらせている。
 それを横から咥えたくなって口を開いたが、彼の指がボクの中でバラバラに動きはじめて
諦めた。その代わりに彼を舐める。そのツルツルとした舌触りが何かに似ていると思ったが、
どうしても思い出せなかった。


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 彼の指に体の中をぐちゃぐちゃに掻き回された。やがて、温くなった液体が勢いよく注
ぎ込まれ、ボクは彼の草むらに何度も頬を擦り付けた。
「気分が悪くなったら、すぐに言いなさい」
 緒方さんは優しい声でボクを気遣う振りをし、ゆっくりとボクをほぐす作業を繰り返す。 
 後ろをこんな風に探られることは快感などでは決してない。かといってその行為をボクが
嫌悪するわけでもなかった。
 乱暴にしようと思えばいくらでもできるはずなのに、緒方さんはそうしない。彼のポリ
シーなのかもしれないが、その心遣いはボクを蕩けさせるに十分だった。 
「は……、っやく……」
 胸が張り裂けそうになるこの感情を、”切ない”と表現する以外に何と言えばいいのか
――ボクは判りかねていた。
 焦れて、どうしようもなく焦れて、ボクは目の前のそれにかぷりと歯を立てた。
 緒方さんの指の動きが一瞬止まる。
「…ん……っ!」
 その次の瞬間にはボクの身体は赤ん坊のように浚われ、真後ろから彼に貫かれた。



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