裏失楽園 16 - 20


(16)
 全身が数回ビクビクと激しく痙攣し、ボクはそのまま脱力した。
「………っ、」
 ボクにつられたのか、彼は何度か深くボクの身体を味わったあと、決して声を上げずにボクの内
部に精を残した。――内側から何かが逆流するような、奇妙な気持ちになる。
 達した後で、いつものように彼が脱力してボクに覆い被さってくる気配はない。彼はボクに覆い
被さる代わりに大きく息を吐いた。
 緒方さんはボクからズルリと出て行き、すぐにティッシュをボクの後ろにあてた。
「――しばらくは閉じないだろうから、このままにしておきなさい」
 ボクは彼に抱きかかえられるように床に腰を下ろした。すでにそこから何かが流れ出てくるよう
な感触がしていたが、彼が言うように力を込めようとしてもそこは痺れたように言う事をきかず、
ボクは彼がバスルームに運んでくれることを願った。


(17)
 熱いものが身体の中から外に出て行こうとする。ボクはそれを止めることができず、緒方さんは
チッと鋭く舌打ちをした。恐らく、だらしのないボクに対する苛立ちの現れだ。
 ボクはやるせなく裸のままの身体を竦ませる。
「やはりゴムを着けるべきだったな。…大丈夫かい?」
 ところが彼はボクではなく、自分に怒っているようだった。ボクの後ろの具合を確かめるように
入り口に触れ、そのままボクを横抱きにして立ち上がる。
「バスルームに連れて行こう」
 ボクは両手を緒方さんの首にまわし、身体を持ち上げて彼の首筋に顔を埋めた。そこから香る
フレグランスを嗅ぎ、舌を延ばして滴った汗を舐める。顎を辿り、口の端へと尖らせた舌を伸ばすと、
大股で歩いていた彼の動きが一瞬止まり、噛み付くような口付けを受けた。
「……すき……」
 彼はボクを否定せず、その言葉ごと深い咬合で奪っていく。ボクの身体を幸せが通り抜けた。


(18)
 シャワーのお湯が降り注ぐ中、緒方さんの手が機械的にボクを清めていく。彼は相変わらず着衣を
身につけたままで、腕まくりをしてボクの中を掻き出していた。
 先程ボクの言葉を途中で奪ったその激しさは彼の表情から消え、僅かに寄せた眉根は何かに悩んで
いるようにも、ボクとの行為を悔やんでいるようにも見える。
「もう、大丈夫です」
 ボクは彼の腕を押し、ふらりと立ち上がった。明るいバスルームで裸のまま彼に向かい合うのは
恥ずかしくて、ボクは緒方さんに背中を向けて泡を流す。
「アキラくん」
「はい?」
 顔だけで振り向くと緒方さんに突然腕を取られる。そのままお湯の外に連れ出されてきつく抱きす
くめられた。
「――服、濡れちゃいますよ」
 ボクの身体の水分を吸って、緒方さんの青いシャツは黒く塗り替えられる。離れようとするボクを
緒方さんは決して離そうとはせず、ボクは諦めて彼の背中に腕をまわした。逞しい背中の筋肉が
ピクリと動く。ボクは彼の背中の形を何度も確かめた。
「………もうここには来ない」


(19)
「え?」
 シャワーの音がうるさくて、ボクは何か聞き間違いをしてしまったのかもしれない。
 緒方さんの身体を両手で抱きしめたまま、ボクは首を傾げた。
「――もう、ここには来ない」
 緒方さんはボクの髪の毛に手を入れ掻き回しながら、幼い子供に言い聞かせる父親のようにゆっくりと
宣言した。それを認めた瞬間、ボクの視界がすべての色を無くす。
 抱きすくめられた時と同じ唐突さで突き放され、ボクはタイルに背中からぶつかった。
「……ボクのこと、嫌いになったんですか?」
「そうじゃない」
 激しく降り注ぐシャワーがボクと緒方さんを遮る。緒方さんの表情さえ隠してしまう。
 ボクが進藤を抱いたから、だからもうここには来ないなどと彼は言うのだろうか。…それを思うと、
彼のところまで歩いていく気力すら沸いてこない。ボクは自然に震えてしまう身体を抱きしめた。
 ――どれだけそうしていただろうか。
 やがて緒方さんはボクに背を向け、バスルームの扉に手を掛けた。


(20)
「ああ」
 バスルームを出て行く寸前に彼は立ち止まり、ボクに視線をやろうともせず一方的に話しかける。
「冷蔵庫の中におみやげが入っている。落ち着いたら食べなさい」
 ボクが頷くと、それを見ていたわけでもないだろうが彼は『じゃあ』といつものように別れの言葉を
口にしてバスルームを出ていった。彼の青い背中の残像がいつまでも残っていて、ボクはのろのろと
シャワーの水栓を閉める。あれほど騒々しかったバスルームが途端に静まり返った。 
 ――もう、ここには来ない。モウ ココニハコナイ。
 静寂の中、緒方さんの声が何度もリフレインする。ボクの名を優しく呼ぶ、ボクの大好きな声が。
 泣き出さないのが不思議だった。

 バスルームを出て、ボクは壁に手をついて台所まで歩いた。力の入らない腕で冷蔵庫の重いドアを
開ける。中腰になるのが苦痛で、小さな冷蔵庫の前にペタンと座り込んだ。
 ほとんど何も入っていない冷蔵庫。その中にビニール袋が見えた。ボクはそれを取り出し、中を
覗き込んだ。
「―――ハハ―…」
 ボクは思わず笑った。
 冷蔵庫の中に無造作に転がっていたものは、ふたつのプリンだった。



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