裏失楽園 45 - 46


(45)
「センセっ………!」
 進藤の右手が何度か空を切り、やがて緒方さんの右手を掴んだ。
「もう………っ!」
「思い切りイクといい。アキラくんの見ている前で」
 恐らく――進藤は、その瞬間までボクの存在を意識から消し去っていたのだと思う。緒方さんが
ボクの名前を口にした途端、彼は半分閉じかけた瞳をカッと見開き、ボクを仰ぎ見た。
 ボクがどんな表情で2人を見つめていたのか、ボクには判らない。ただ、進藤が目を閉じて顔を
背けたのと、緒方さんが口角を上げて微笑んだのが同時に見えた。
「塔矢、見るっ……な……!」
 進藤がボクと反対の方向を見て叫ぶ。だが、その叫びが甘い悲鳴に変わるまで、そう時間は掛から
なかった。
「ああっ」
 ボクと緒方さんの絡み合う視線の間に、進藤が放った白い体液がトクッと飛び散った。


(46)
 進藤は一瞬四肢を突っ張らせた後、糸の切れてしまった人形のように力をなくした。まだ快楽の
余韻が残っているだろうその肌は時折ピクンピクンと震え、胸の飾りは一層の赤みを増したよう
だった。
 大きなベッドとサイドテーブル、そして壁にはめ込まれた水槽には、ここに越してきた時から
緒方さんを見守っているアロワナがゆったりと泳いでいる――そんな広い部屋に、沈黙が落ちる。
「気持ちよかったか? アキラくんに見られながら射精するのは」
 彼の頬を片手で掴むと、緒方さんは喉の奥で笑いながら進藤の顔をボクの方へ向ける。彼は
荒い息をつきながらも放心したように無表情で、どこに定まっているのかすらわからない虚ろな
黒い瞳がボクには痛々しく映った。
 彼とのセックスに慣れたボクとは違い、ボクに抱かれても尚、進藤はまるで子供だった。他人の
――それが先輩棋士の緒方さんであってもだ――手によって射精を促されることなど、ひどい衝撃
だったに違いない。
「しん、ど……」
 震える手を伸ばして彼の肩に触れる寸前、大きな黒目がちの瞳が、静かに、責めるようにまっ
すぐにただボクを見る。ボクはそれ以上、手を伸ばすことができなかった。
 ボクが心から憧れた、そして焦がれた――太陽をいっぱいに浴びたひまわりが萎れていく。
 そのことに気がついているのに、そしてこんなに近くにいるのに、ボクは何もできなかった。



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