裏失楽園 46 - 50


(46)
 進藤は一瞬四肢を突っ張らせた後、糸の切れてしまった人形のように力をなくした。まだ快楽の
余韻が残っているだろうその肌は時折ピクンピクンと震え、胸の飾りは一層の赤みを増したよう
だった。
 大きなベッドとサイドテーブル、そして壁にはめ込まれた水槽には、ここに越してきた時から
緒方さんを見守っているアロワナがゆったりと泳いでいる――そんな広い部屋に、沈黙が落ちる。
「気持ちよかったか? アキラくんに見られながら射精するのは」
 彼の頬を片手で掴むと、緒方さんは喉の奥で笑いながら進藤の顔をボクの方へ向ける。彼は
荒い息をつきながらも放心したように無表情で、どこに定まっているのかすらわからない虚ろな
黒い瞳がボクには痛々しく映った。
 彼とのセックスに慣れたボクとは違い、ボクに抱かれても尚、進藤はまるで子供だった。他人の
――それが先輩棋士の緒方さんであってもだ――手によって射精を促されることなど、ひどい衝撃
だったに違いない。
「しん、ど……」
 震える手を伸ばして彼の肩に触れる寸前、大きな黒目がちの瞳が、静かに、責めるようにまっ
すぐにただボクを見る。ボクはそれ以上、手を伸ばすことができなかった。
 ボクが心から憧れた、そして焦がれた――太陽をいっぱいに浴びたひまわりが萎れていく。
 そのことに気がついているのに、そしてこんなに近くにいるのに、ボクは何もできなかった。


(47)
「オマエも可哀相にな」
 緒方さんは指先についた彼の精液をバスローブで執拗に拭い、彼の頬を撫でながら、優しいと
さえ錯覚してしまいそうな柔らかな声で進藤にゆっくりと語りかける。
「…彼がオマエに興味を持ったり、ましてや抱こうなんて思わなかったら、――オレを疑ったり
しなければ、こんなことにはならなかったのにな」
「だって………!」
 緒方さんの行動の原因の全てがボクの言動にあるとは、どうしても思えなかった。緒方さんは
いつも自信家で、恋だの愛だのにうつつを抜かす人間を軽蔑しさえしていたのだ。
 だが、彼の態度が豹変したのは、確かに緒方さんを疑った瞬間からであり、あのようなセックスを
強要されたのも、恐らくは進藤との関係が彼に知れたためだった。
 ……まさか、そんなはずがない。
 鳩尾の辺りが鈍く痛み、ボクは拳を握ってそれを堪えた。
「進藤? ――言っておくが、これで終わったわけじゃない」
 緒方さんはその冷たく整った表情を歪めて笑うと、ベルトを緩めひどくゆっくりとした仕種で
ジッパーを下ろした。
「イイ思いをしたのはオマエだけだろう?」


(48)
 それを前立てから取り出した緒方さんは、その逞しさを見せつけるように側面を軽く2・3度撫でた。
それだけで緒方さんの牡の部分はより硬度と巨きさを増したようだった。
 いやらしいボクはそこから目を逸らすことができないでいる。また、それは進藤も同じだったらしい。
 虚ろだった瞳は、怯えを含んだ色をして緒方さんの取り出されたものを注視していた。
「デカいか? ――大丈夫だ。アキラくんはいつもこれを咥え込んでる」
 同意を得るようにボクの顔を見る緒方さんの整った白皙は、まるで悪びれていない。むしろボクと
進藤の2人を悪戯にからかって楽しんでいるようにも思えた。
「慣れると、自分から腰を振ってねだってくるようになる。自分で入れたり出したり……信じられ
ないだろうが、ストイックなように見えてアキラくんはとても快楽に貪欲だ」
「………っ」
 ただでさえ大きな目を見開いて、まっすぐにボクを見つめる進藤の視線が、痛い。緒方さんが言って
いることが決して嘘ではないことを知っているから、だからボクは目を閉じて顔を背けた。先刻の進藤
のように。
 鳩尾の奥から響いてくる鈍い痛みはそれを意識し出してからは余計に酷くなり、心臓が血液を送り出す
鼓動と共に、ズキズキと身体に響いてくるようだった。


(49)
「ああ、アキラくんと寝たんならオマエも知ってるか」
 ボクが進藤を抱いたわけであり、決して抱かれてなどいないことを緒方さんは知っているはず
なのに、彼は自分の牡をゆっくりと昂ぶらせながら肩を竦ませる。
「……そんなの、――らねェよっ!」
 進藤が自棄になったように叫ぶ。だがその声は、いつもの元気いっぱいの声とはやはり異なり、
不安気に揺れていた。そして、縋るような目でボクを見つめる。
「塔矢、どうして先生にこんなことさせてんだよ……なんでボサっと立って見てんだよ」
 身体の中から響いてくるズキズキが、どんどんと酷くなっていく。
 ボクは緒方さんを止めるべきなのだろう。しかし、身体が言うことを聞いてくれない。もしか
したら、心のどこかでボクは…進藤が緒方さんに汚され、そしてボクと同じ所まで堕ちてきてく
れるのを期待しているのかもしれなかった。
 そして……進藤を食らい尽くしたら、恐らく彼はボクの所に戻ってくる。以前のように全てを
脱ぎ捨てた優しい声で、手で、ボクを正面から抱いてくれるに違いない。そんな期待がないとは
言えなかった。
「塔矢……!」
 一向に動き出そうとしないボクに、進藤は焦れた様子で鋭く舌打ちした。


(50)
「アキラくん、これから先はキミの口でやってくれるかい? コイツの口に入れると、すぐ噛み
千切られそうだ」
 緒方さんはクスクス笑っている。ボクなら噛み千切らないと、どうしてそう思えるのだろう。
 ベッドでのことを口外するのはルール違反だと、ボクは緒方さんにそう教えられてきた。2人の
情事は2人だけの秘め事だと――笑いを含んだ声でそうボクに何度も言い聞かせた緒方さんが、
どうしてワザと進藤を煽るようなことを言う?
 ボクの顔を見つめながら、緒方さんはサイドボードから避妊具と潤滑油、そして指にはめる薄い
指サックを取り出した。彼は食器洗いの洗剤や、シャンプー、ボディソープに至るまで、彼が自分
で購入した真白の陶器の入れ物に移し替えて使っている。だが、潤滑油までにはこだわりがないら
しい。
 それは恐らく、ボクの部屋にあるものと同じものだが、ボクは彼が実際に使うのを目の当たりに
したことがなかった。彼がボクの身体に受け容れる準備をするころには、ボクの意識はすでに
『あってないようなもの』だったのだ。モノトーンの部屋と場違いなまでのピンクに、ボクは吐き
気すら覚えた。
 緒方さんはキャップを乱暴に開けるとそれを傾け、左の掌で潤滑油を受け止める。掌に受け止め
きれなかったものが、筋肉の浮いた腕をとろとろと伝わり、そして肘まで到達した。



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