裏失楽園 53 - 54
(53)
違う。そうじゃない。
緒方さんは思い違いをしている。ボクはかぶりを振った。
ボクが受動的に触られたわけではない。ボクの方が彼を欲し、そしてボクから彼を求めたのだ。
――大体、ボクが緒方さんの『宝物』なはずがない。数多くいるだろう彼の愛人の一人、せいぜ
いがお気に入りの玩具だろう。
彼が独占欲の強い人だということは何となく判っていた。熱帯魚を好んで飼っているのもそう
だ。彼らは緒方さんの用意した狭い世界の中でしか生きられない。緒方さんの思惑一つで、その
棲家は楽園にも地獄にもなり得る。そういうところが彼は好きなのだろう。
そして、ボクが緒方さんを完全には信じられないのと同様、彼もボクのことを信じきれてはい
ない。お気に入りのペットが、自分のいないところで他人に尻尾を振って甘えている――そうい
うシチュエーションを彼は決して許そうとはしないのだ。そのペットが最終的に還ってくるのは、
飼い主たる自分なのに。
もしかしたら緒方さんは自分自身のことさえも信じられないのかもしれない。
「……緒方さん」
「これからキミを抱くたびに第三者の気配を感じるだろう。よりによってキミが求めた――こんな
ガキを。その違和感をなくすためにはどうすればいいか――キミなら判るだろう?」
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こんなガキ、と進藤を強く睨み付けると、緒方さんは視線を逸らして壁に設えてある熱帯魚の
水槽に視線を遣った。つられてボクも後ろを向くと、アロワナがゆっくりと身体を反転させる
のが見えた。
あの魚にすら、個体を判別するためのチップが体内に埋め込まれていると聞いたことがある。
それは緒方さんにではなくて、いつか緒方さんを探して彼の馴染みの店まで出かけたときに、
そこの店員から聞いたことだったが。
――魚が、ただの魚であることも許されていないのだなとボクは少し切なく思った。
緒方さんは、ボクとこれからも抱き合うため、ボクに触れるために、進藤を抱こうとしている
と言う。ボクの身体の中に残っているという違和感のせいで。
しかし、仮に彼が進藤を抱いたとして、それでボクの中にある違和感が消えるわけではない
だろう。ボクはボクでしか有り得ず、進藤と交わったからといってボクが他のものになるはずが
ないのだから。
それが事実ならボクは緒方さんに何度も違和感を感じなければ不自然で、そしてその度にボク
は相手の人を何人もこの手に抱かなければならなくなる。
そういうことをぼうっと考えて、ボクは溜息を吐いた。
そんなの――イタチゴッコもいいところだ。
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