裏失楽園 55 - 56
(55)
ベッドの上で不器用にバスローブを身に付けていた進藤はベッドの縁に腰掛けると、フラつき
ながらもボクの隣に立った。
「大丈夫か? 進藤」
「ウン」
進藤は頷きながらバスローブの皺を伸ばすと、胸元がはだけないように襟元を詰めて羽織り、
改めてきっちりと紐を巻いた。
「緒方先生」
進藤は緒方さんにまっすぐと向き合い、しっかりとした声を出した。その声の強さに、ボク
は安心する。……やはり、彼は強い。
「……でも、それは先生の事情だろ? そんな自分勝手な理由でオレを巻き込むなよ……!」
緒方さんは何も言わない。薄茶の瞳が、眼鏡をかけていないせいか少し潤んだように見えた。
「ね、緒方さん。…違和感を感じるなんて、ウソでしょう?」
ボクは緒方さんの髪に手をかけ、染めているわけでもないのにボクの髪の色とまるで違う色を
した彼の髪を掻き上げた。
緒方さんの秀でた額、苦悩を滲ませる眉間の皺、少しだけ指先を刺激する髭の感触――そう
いうものに触れると、ボクは不思議な気持ちになった。
(56)
緒方さんの薄い唇を親指でなぞる。煙草を吸ってばかりの唇は少しかさついていて、ボクは
そのかさつきを自分の唾液で癒したい気持ちになった。
緒方さんは酷い人だ。進藤に乱暴を振るおうとして怯えさせた。
でも――ボクはまだ、彼をこんなにも愛しく思う。
「…嘘?」
薄い唇が言葉を紡ぐために開かれる。よく彼がボクに対してするように、ボクはその隙間に
親指を差し入れた。口の中をまさぐると歯が爪に当たる。
「だってボクは緒方さんに違和感を感じたことなんて、ないもの」
彼が言うように、誰か他の人と抱き合うとそれだけで違和感が生じるのだとしたら、ボクが
緒方さんに違和感を感じないのはおかしいと思う。――その『違和感』をボクが感じることの
ないよう上手く隠すことができるのが、経験の差であったり、いわゆる場数を踏んだ回数の差
だったりするのかもしれない。けれど、ボクはそんなことを緒方さんに免罪符として使ってほ
しくはなかった。
「……ああ」
そんなことを漠然と思っているうちに、また別の可能性に思い当たる。ボクは自虐的な気持
ちになって、込み上げてくる笑いを抑えることができなくなってしまった。
「――ボクがあなたに抱かれるよりずっと前から、あなたは複数の人を相手にしてたんですよ
ね。ボクが知っているのは最初からそういうあなたなんだ」
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