裏失楽園 6 - 10


(6)
 足が震えて、支え無しには立っていられない。ボクは身体を前のめりにさせて、壁に手をついた。
冷たい壁に火照る頬をおしつけて熱を逃がす。冷たさを感じるのは一瞬で、すぐに壁の冷たさは
ボクの体温と同化して気にならなくなった。
「……いい格好だな」
 背中の窪みに触れながら緒方さんが笑う。それで気づいた。緒方さんが腰を拘束しているから、
ボクの格好は腰だけを彼に向かって突き出したようになっていたのだ。
 慌てて腰を引こうとしたが、緒方さんの腕はビクともしない。それどころか彼は、ボクの
身に付けているパジャマのズボンに手を掛け、そのまま下着ごとずり下ろしはじめた。
 ボクは咄嗟に手で前を押さえる。ボクの下半身は、緒方さんが少し身体を撫でただけで
僅かながらも反応を見せはじめていた。
「…やめて、ください……」
「どうせ、そっちは進藤が触ったんだろう? イヤ、キミが進藤の中に入ったのか」
 冷静な声で参ったなと緒方さんは呟くとボクの手を強引に退かし、ソコを布越しに握り締めた。
「く……っ」
 そのまま形を確かめるように、ゆるゆると撫でられる。
 直接ではなく、着衣の上からのゆるやかな刺激の焦れったさに泣きたくなった。
 緒方さんは片手でボクをじわりじわりと追いつめながら、もう一方の手でボクの髪に触れた。
 彼がベッドに広がる長い髪に色気を感じると言ったから、だから伸ばし始めた髪を。
「全く…キミは誰とでも気軽に寝たりしない、その高潔そうなところが特に気に入ってたんだが」
「あ……っ、ぁ……あッ!」
 不意にぎゅっとそこと強く握り締められ、息が詰まる。
「生憎と、進藤の中に入ったココを可愛がってやれるほどオレの心は広くないんだ」
 耳朶にカリと歯が立てられ――背中を電流が駆け抜けた。


(7)
 もう果ててしまう。ボクは下着とズボンを着けたまま、その中で爆ぜてしまう。
 ボクは震える手で、いやらしい動きを続ける緒方さんの手を掴んだ。
「も……や……っ」
「いやか、――そうか」
 つまらなさそうに吐き捨てる声が聞こえ、思いもかけないほどあっさりとボクは解放された。
「え……?」
 ギリギリで保っていた昂ぶりをもてあまし、ボクは戸惑う。緒方さんが触れていた部分が、熱い。
熱いのに、断続的に与えられた焦れったい刺激を失い、腰が自然と揺れてしまう。
「……ぁ……っ」
 下着に微妙なところが擦れ、その刺激を求めて腰の揺れはひどくなってくる。勿論緒方さんも
そのことに気づいているのだろう。否、彼はボクが自分を慰めることを期待しているのかもしれない。
 それを自覚していながらも、ボクは腰を揺らめかせることを止めることができずにいた。
「案外こらえ性があるじゃないか」
 感心したような声が聞こえ、緒方さんの長い指が口の中に入ってくる。
 口を閉じることも許されず、ボクははしたない声を上げながら唾液を溢れさせた。
「ハハハ、ビショビショだな」
 ボクの口の端から零れた唾液を人差し指で掬って、緒方さんはボクの目の前に見せつけた。ボクの
唾液が糸を引いて、ぷつりと切れる。
 骨張った長い指がボクの胸の上を滑っていく。冷たいラインが身体に纏わりつくような感触に、
ボクは身体をくねらせた。
 ――もう少しで。あとほんの僅かな刺激さえあれば達することができる。
 ボクは緒方さんがいつも与えてくれる快感を頭に思い浮かべた。


(8)
 緒方さんの長い指。胸から背中へと、緒方さんの指が辿った痕跡がいつまでも残っている。
「おが…た、さん」
「――うん?」
 彼の名を呼ぶと、すぐに応えがあった。肩口に軽く歯が立てられる。
「んっ」
 首を仰け反らせると、緒方さんの指がすうっと首筋を撫ぜた。
 彼は相変わらずボクの後ろにいて、その表情は全くわからない。
 快感を求めるボクを彼がどういう表情で見ているのか、ボクには想像もつかなかった。
 緒方さんはいつもボクに対して優しかったけれど、ボクに触れるとき、彼はいつもどこかが醒めていた。
そういう気がする。何度となく肌を合わせたが、冷たささえ感じられるような整った顔は涼しげで、
いつもボクだけが蕩けさせられたのだ。
 いつも、ボクだけが。――今まで目を背けてきた事実というものを突然認識し、ボクは急に不安になった。
「おがたさん…」
 後ろ手に手を伸ばすと、指先を捉えられる。大きな緒方さんの手に包まれて、ボクは自分の昂ぶりに触れた。
手をそこから離したくても、彼の手の力は強く、振りほどくこともできない。
「腰が揺れてる。――もう達きたいかい?」
 剥き出しの双丘を撫でられる感触がする。優しい声で訊ねられ、ボクはガクガクと頷いた。
「そう。――なら、自分でやってごらん」
 緒方さんの手に導かれるまま、ボクの手はズボンの前を数度撫でた。電流がそこからビリビリと背筋を
駆け上がる。ここに触れてるのはボクだ。だけどボクの手に意志はない。意志があるのは、触れているのは
緒方さんだ。緒方さんの手がボクを――。
「……ぁ……っ!」
 何か強烈なものが全身を駆け抜け、生温かいものが溢れてくる。
 膝がカクンと抜けそうになると、緒方さんがもう片方の手で抱き留めてくれた。
「本当にキミは……いつも仔猫が鳴くようなかわいい声を出すね」


(9)
 首筋にいくつもの口付けを受けながら、ボクは放心していた。緒方さんが何事かを囁きながらズボンに
手をかけるのも、気にならなかった。
「……たの?」
 今すぐにでも眠ってしまいたいほどの安堵感を得たのも束の間、熱を持ったものが外気に晒され、
その冷たさに一気に我に返る。
「……え……?」
 ボクはぼんやりと聞き返した。緒方さんはクスクスと笑いながら、ボクのズボンを引き摺り下ろす。
 湿った感触で足首を拘束するそれらをボクは足で退かした。
「進藤にも、聴かせた?」
 身体を両手で探りながらも、緒方さんは意地悪だ。声はとてつもなく穏やかで、なのに言葉はボクの
内側を鋭い刃で傷つける。ボクは壁に手をついて何度も首を振った。
「ふうん…」
 ――やがて、その指はボクの剥き出しの部分に辿り着いた。ずっと外気に晒されていて、そこは
緒方さんの手のひらよりも冷えていた。ボクの双丘を撫でる彼の体温を、珍しい思いで感じる。
「ねえ緒方さん、ベッドに――」
「進藤とも使ったんだろう」
 切り口上で決め付けられると、もう何も言えなくなる。ボクは固い壁に爪を立てた。
 それほど進藤とのことを気にしている素振りを見せるから、ボクは誤解してしまう。緒方さんがボクたちの
間にあったことに嫉妬しているのではないかと。そんな訳はない。緒方さんは基本的に恋愛に興味のない人だ。
 彼は神経質で、どこか潔癖なところがある。実際にはボクが進藤を抱いたのだけれど、結果的に他人が
触れたボク、というのを嫌悪しているのだろう。そして自信家の彼らしく、それを隠そうともしない。
「知らなかったか? オレは独占欲が強いんだ。誰かを他のヤツと共有しようとは思わない」
 …じゃあ、どうして緒方さんは今もこうしてボクを苛んでいるんだろう。ボクは混乱する頭の中で思った。


(10)
 緒方さんの指がボクの秘所に触れた。2・3度軽く撫でられたかと思うと、ノックするように
ピタピタと刺激を与えられる。抜けそうになる膝の力を、ボクは必死に押し止めた。
「…ベッドも同じだ。キミが他の誰かと一緒に楽しんだベッドを、どうしてオレが使える――?」
 ボクは唇を噛み締めた。ここにも進藤が触れたのかと、きっと緒方さんはボクに問い、ボクを
傷つけて愉しむのだろう。
 何かにつけて進藤を思い出させる緒方さんが憎くて、でもボクが緒方さんを求めているのも事実で。
モジモジと動き出す腰を制止する術も、彼へ体裁を取り繕う余裕もなかった。
 どれだけ傷つけられても、仮に弄ばれていたとしても、ボクは緒方さんが欲しかったのだ。 
「触らせてない……。誰にも、進藤にも――――」
 緒方さんが口を開く前に、ボクは熱に浮かされるように告白する。彼の指からの刺激が一瞬
途絶え、ボクは再度繰り返した。
「オレだけ?」
「んっ、おが…たさんだけ――」
 緒方さんの指が一度離れ、そこと性器の間を爪先で辿る。ボクは咄嗟に彼の左手を両足で
挟んだ。両足のあいだで、緒方さんの指は自由に動き、悪戯にボクを苛む。
「緒方さんだけ――なんです」
「そう」
 次第に荒くなりはじめた彼の吐息が、ボクの髪を擽る。ボクはそれ以上に興奮していた。
 緒方さんは背中にいくつかキスを落とすと、ボクの腰を両腕で抱きしめる。
「――いい子だ」



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