裏失楽園 84 - 86


(84)
 抱きしめられてベッドの上に倒されると、ボクの中の緒方さんがまた角度を変えた。
「――い?」
 歯が不愉快な音を立てているのは、ボクが寒いからだと思ったのだろう。彼は眉を顰
めながら両手でボクの肩や腕をひとしきり撫でた。
 眉を顰めている他はまるで無表情なのに、ボクを撫で摩る手のひらと、ボクをじわじ
わと侵している緒方さんの砲身は熱く、その熱を感じているうちに混乱が少しずつ治まっ
て来る気がした。
 しかし、酷い頭痛と耳鳴りはまだ治まらず、ボクは緩慢に首を振ることしかできない。
 緒方さんはボクの髪を梳きながら片肘を突いた。
 無表情な顔が近づいてきて、目の焦点が合わなくなる。
 口を温かなものに塞がれた息苦しさと、口腔内を暴れまわる柔らかく固いものの存在
に、ボクは彼のキスを受けていることにようやく合点した。しかし、彼の舌の動きにい
つものように合わせることはどうしてもできないでいる。
 緒方さんはそれでも構わないようだったが、ただ、より深い咬合を求められた。
 上顎の奥を舌で刺激されると、神経に直接触られたようで無意識に身体が反応する。
 手と脚が触れ合い、内部でも深く繋がっているから、ボクの震えが緒方さんにも伝わ
るのは当然のことで、ボクが身体をブルリと震わせたのを契機に、剥き出しのボクは緒
方さんの手に握り込まれた。
「……くっ、ん……!」
 進藤の愛撫を待ちかねて震え、結局触ってもらえずにいたボクは既に爆ぜる寸前だった。


(85)
 そんなボクを緒方さんはいとも容易く頂点へと導いていく。乱暴に擦りあげながら、
爪先は電流のような鋭い感覚をボクに与え、ボクはそれに翻弄されるしかなかった。
 頭の中では蜂の羽音に似た不快な音がずっと響いている。
 どこかへ行ってしまった進藤のことや、これからのことを考えれば考えるほどその不
快な羽音は大きくなり、ボクはそのことを思い出さないようにと、緒方さんの手の動き
を追い求めた。
「進藤は……」
 ボクをコントロールしながら動き出した彼の腰が次第に激しくうねるようなそれに変
わった。ボクは体内に穿たれた杭が抜け落ちてしまわないよう、夢中で背中を丸めて
両脚を緒方さんの逞しい身体に絡める。
 ボクが初めて横たわったベッドは彼の動きに連動して軋む音を発て、ボクの決して柔
らかくはない身体もギシギシと軋むようだった。
「…っ、ん……っ」
 雑音に紛れてシンドウという言葉を聞いても、それはただの知らない単語だ。
「アイツには荷が勝ちすぎる。キミを幸せには――」
 緒方さんの手の動きが早くなると、剥き出しの神経を直接障られるようなピリピリし
た感覚が絶え間無く身体を突き抜ける。
「く………っ」
 ボクは彼の手の上から両手で包んで、溢れ出てくる熱い迸りを手の甲で感じた。


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 ボクが果てると、程なくして緒方さんもボクの中で到達した。緒方さんの熱い迸りを
身体の奥深くで受け止め、その刺激で腸が活発に動き出すのを感じる。
 ボクの頭の中をあれほど不愉快に占めていた羽音は、荒い息の中でふと気が付いたとき
にはほとんど気にならなくなっていた。
 全身を弛緩させた緒方さんはボクの身体の上にしばらく覆いかぶさって息を整えていた
が、やがてズルリ…と力を失くした彼自身をボクの中から抜いた。まだ窄まりきらない
そこに指か何かを当てて溢れ出ないように栓をし、彼はボクの前髪を掻き上げる。
「大丈夫か?」
 掠れた声で問いかけられたのに、返事は彼の口腔によって塞がれた。ボクは喉がカラ
カラに乾いていたけれど、彼もまたそうだった。唾液のほどんど残っていない口の中で、
はじめはざらざらした舌の表面を感じたが、絡ませていくうちにしとどに溢れてくる。
「……っ、ん……う…」
 緒方さんの口に溜まった唾液をボクが舌で受けると、彼はボクの舌ごとボクの口の中
へ移動させた。水よりも幾分とろりとした緒方さんの唾液を嚥下する。
 同じように緒方さんにもボクの水分を分け与えているうちに、ボクの身体の栓はいつ
の間にか外されてしまっていた。身体の奥から熱い液体がじわりじわりと溢れ出すのが
判る。背中を悪寒にも似た何か、が駆け上ってきた。
 緒方さんがボクの中を征服したのだ――なによりも、そのことを実感する。
「……シャワー、を」



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