裏失楽園 86 - 90
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ボクが果てると、程なくして緒方さんもボクの中で到達した。緒方さんの熱い迸りを
身体の奥深くで受け止め、その刺激で腸が活発に動き出すのを感じる。
ボクの頭の中をあれほど不愉快に占めていた羽音は、荒い息の中でふと気が付いたとき
にはほとんど気にならなくなっていた。
全身を弛緩させた緒方さんはボクの身体の上にしばらく覆いかぶさって息を整えていた
が、やがてズルリ…と力を失くした彼自身をボクの中から抜いた。まだ窄まりきらない
そこに指か何かを当てて溢れ出ないように栓をし、彼はボクの前髪を掻き上げる。
「大丈夫か?」
掠れた声で問いかけられたのに、返事は彼の口腔によって塞がれた。ボクは喉がカラ
カラに乾いていたけれど、彼もまたそうだった。唾液のほどんど残っていない口の中で、
はじめはざらざらした舌の表面を感じたが、絡ませていくうちにしとどに溢れてくる。
「……っ、ん……う…」
緒方さんの口に溜まった唾液をボクが舌で受けると、彼はボクの舌ごとボクの口の中
へ移動させた。水よりも幾分とろりとした緒方さんの唾液を嚥下する。
同じように緒方さんにもボクの水分を分け与えているうちに、ボクの身体の栓はいつ
の間にか外されてしまっていた。身体の奥から熱い液体がじわりじわりと溢れ出すのが
判る。背中を悪寒にも似た何か、が駆け上ってきた。
緒方さんがボクの中を征服したのだ――なによりも、そのことを実感する。
「……シャワー、を」
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訴えると、彼は合点したのか何も言わずにボクの下肢に指を伸ばした。シーツを派手
に汚してしまっただろうボクのだらしのない蛇口に指を一本含ませる。
「まだ閉じきってないね。ヒクヒク――というよりもパクパクって感じか、オレの指
を食ってる。食い足りなかったようだな」
わざわざ言われなくても、ボクの中と明らかに温度の違う彼の指を、ボクの意思とは
無関係にボクの後孔が締め付けたり緩めたりしているのは感覚で判っていた。
「ま、こんな状態のときの方が広がってよく中を洗えるだろう」
緒方さんは露骨なことを口にしながら中に入れた指をクイと曲げる。身体の中の一点
が変に刺激され、ボクは背中を丸めることしかできない。
「……っ」
「今回はかなり奥まで入ってるだろうから、できればトイレに行って一緒に出したほう
がいい。下剤を飲むか? それとも――アレ、使うか?」
「ボク一人でなんとか……できます」
ボクはかぶりを振った。後がひどく辛い下剤も、それから傍で見ているであろう彼を
悦ばせるだけの洗浄薬も必要なかった。
何度も彼と交渉をもったことのあるボクは、今までにも何回か自分で後始末をしたこ
とがあった。基本は避妊具を付ける緒方さんだったが、たまにはそういうこともある。
「…一人で平気か?」
「ええ」
彼の指を体内に含んだまま、ボクは手を引かれて身体を起こした。
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緒方さんの腕の上に座ったような格好になったボクは、自分の萎えたものや蜜袋が彼
の腕に触れていることを恥ずかしく思った。だが、緒方さんはあくまでも無表情だった。
「じゃあ、なるべく低い温度の湯を浴びなさい」
ゆっくりと指をボクの体内から引き抜くと、緒方さんはそれらを無造作にシーツで拭い
て立ち上がる。乱れた服装を軽く整え、彼はベッドの端に落ちていた眼鏡をかけた。
そうすると、もういつもの緒方さんだった。
ストイックで、知性が全面ににじみ出ている――そんな緒方さんに対して、ボクはまだ
火照ったままの体を持て余している状態だ。勿論、身体には何一つ纏ってはいない。
もぞりと身体を動かすだけで、身体の内部から逆流を始めた緒方さんの体液が溢れて
くる気配を感じる。ボクはそれらがシーツを今以上汚さないよう、後孔をより一層引き
絞った。…だが、それも長くは保ちそうにない。
「ティッシュ、取ってください」
少しでも身体を伸ばすと腸に刺激を与えそうで、ボクは緒方さんを見上げて訴えた。
緒方さんは何も言わずサイドボードに歩み寄ると、引き出しからウェットティッシュと
ボックスティッシュを取り出し、ボクの傍らに置く。
そっと尻を上げると、危惧したとおりその下に少し黄味がかった染みが広がっていた。
それは間違いなくボクの体内から零れたものに違いない。
ボクはティッシュを何枚も取ってそれらの上に広げ、その上に腰を下ろした。
「我慢しなくてもいい。別に、シーツなどいくらでも汚して構わないさ」
そう言うと、緒方さんは呆れたように肩を竦めた。
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じわりじわりと溢れ出ては流れる熱い液体をティッシュの上に零し、ボクはそれらを
尻に挟んで立ち上がる。緒方さんはボクの様子を見るなり口元をさりげなく手で覆った。
「なにもそんなものを挟まなくても…。シーツだけじゃない、床も好きなだけ汚していいぜ」
どうせハウスキーパーが入るんだから構わない。緒方さんはそんな意味のことを続け
たが、第三者に行為の痕を清めさせるなんて冗談じゃなかった。
「アナタは良くても、ボクは良くない」
目を細めて笑う緒方さんを無視し、ボクはほとんど着ていないも同然だったワイシャツの
ボタンを下から嵌めなおす。まだ下肢は汚れていて下着をつける気は起きず、そのままで
シャワーを浴びに行きたかった。
「進藤は…まだいると思いますか?」
「いるだろうな」
何でもないようなクールな表情で緒方さんは肩を竦める。ボクはドアノブにかけていた
手を下ろした。
極限の状態でボクの誘いを断った穢れなき進藤。進藤の毅然とした態度に打ちのめされ
ながらも緒方さんとの情事に耽ってしまったボク。
緒方さんと今まで抱き合っていたことが明らかな匂いたつ身体を抱えたまま、彼と鉢合
わせすることは流石に躊躇われた。
「どうした?」
「いえ…」
緒方さんに抱かれて落ち着いた今でも、進藤に対するボクの気持ちは複雑で、あの凛と
した進藤の瞳の強さを思い出しただけでもボクの心臓は鋭い痛みを感じる。
どれだけ言葉を、身体を重ねても、緒方さんにこの気持ちが解ることはないのだろう。
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ドアの前に立ち、外界とこの部屋を隔てるそれを開けるか否かを逡巡していると、緒方
さんはクローゼットへの扉を開け、ボクがかつてこの部屋でよく使っていたバスローブを
手にして戻ってきた。
この部屋を訪れなくなってもう大分経つが、それが処分されていなかったことに、ボク
はただ安堵する。
広げた薄いブルーのそれを優しく肩にかけられる。ひどく肌触りの良いそれが、この閉
ざされた部屋の中で繰り広げられたボクと緒方さんの時間の全てと、ボクが小さなときか
ら使っているタオルケットの感触をふと思い出させた。それらが連れてくるあらゆる懐か
しさにボクは訳もなく泣きたくなったが、それを堪えて頬をこすりつける。
「これ…捨ててなかったんですね」
「捨てる理由がないだろう」
――口元を僅かに歪めて、緒方さんは吐き捨てるような乱暴な口調でつぶやく。
「自分で始末できなかったら我慢せずに呼びなさい」
一度ボクの肩を力を込めて掴んだ緒方さんは、不意にボクの肩を突き放すようにして離
れた。スティールのドアノブを押し下げてドアを開きながら、目顔でボクに立ち上がるよ
う、指示を与える。
「緒方さんは?」
「オレか? オレは――」
眼鏡のレンズ越しに対峙していた緒方さんの視線が僅かにボクから逸れた。ボクから顔
を逸らせた緒方さんは、完璧な横顔を俯かせてその表情を隠す。
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