裏失楽園 93 - 94
(93)
バスタブに片足を乗せ屈みこんで、ボクは右手の人差し指を自分の身体の内部に深く差し
込んだ。自分でも判るほど熱を持った入り口は事務的に爪先を少し上下させるだけで指を
飲み込み、掻き回すとその容易さに呆気にとられる間もなくトロリとしたものが下る。
彼が放ったものがどのくらいの量なのかは判らないが、念のためにとシャワーヘッドを
取り指で拓いた下腹部に湯を注いだ。ピクピクと口が開くたびにぬるい湯が入り込み、ややも
せずお腹が下から満たされるような奇妙な感覚が生まれる。それを目を閉じてやり過ごし、
衝動に任せて身体の力を抜いた。足元まで伝う生ぬるいものが何なのか――どうやって、
どんなシチュエーションでボクの体内にそれが入ったのか、そのときに同じマンションに誰が
いたのか――考えるだけで足が震える。
その時、不意に視線を感じたような気がしてボクは顔を上げた。
その視線の主は、恐らくバスルームの壁を半分埋め尽くす鏡からのものだった。
白と金を基調としたバスルームの中でも一際異彩を放つ、悪趣味なほど大きな鏡は以前から
あるものだったが、緒方さんはこれを殊更気に入っていた。
ボクを後ろから抱きすくめながら、あるいはボクの両手をその鏡に縋りつかせながら、彼は
ボクをゆっくりと苛んだ。そしてボクはいつも…生身の緒方さんと鏡の中の緒方さんに抱かれて
いるような、そんな感覚に酩酊した。バスルームに反響する声を抑えるどころか愉しんでいた。
ボクがここに入ったときは進藤の名残で曇っていたが、ボクが浴びたシャワーの飛沫が曇りを
なくしている。ボクが動くたびに鏡に映るボクも同じように動き、それが目の端に映っていたの
だろう。今も、はしたない格好のボクを映している。
一人でシャワーを浴び、後始末をしただけで興奮しはじめているボクを。
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ボクは興奮しかけていたそれを両手で掴んだ。抑えるつもりで掴んだのに、浅ましいボクは
その刺激にすら悦びの咆哮をあげる。
身体の欲求と理性は別物だ。セックスの後、ボクの理性は容易に本能に凌駕されてしまう。
それが今日のような行為だと尚更だった。数度撫で上げると、立っていられなくなりボクは
しゃがみ込んだ。
震える手でシャワーの温度を下げると、デジタル制御の水温はすぐに調節された。
真水に近い温度のそれが全身を濡らすと火照った身体は余計に温度差を感じる。
「つめた……」
あまりの冷たさに一瞬息が止まり、ボクは震え始めた身体を両手で抱いた。
震えながら、ボク一人の空間であるこの箱庭から出る潮時なのかもしれないと思う。
だが、外に出たくはなかった。バスルームを出れば進藤や緒方さんと顔を合わせなければ
ならない。それが辛かった。
しかし――いつまでもこうしているわけにはいかない。あまりに遅いと却って心配をかけて
しまう。それに、あの二人を長く二人きりにさせるわけにはいかないのだ。
温度の高い湯ならば夏の日の蜃気楼のように立ち上がってきてボクをいたずらに刺激する
はずのあの匂いが、すっかり水に流されて消えていったことに安堵しながら、排水溝のとこ
ろに溜まったティッシュの残骸をかき集めてきつく握りしめる。
決意が挫ける前に早く出なければ。
バスローブを羽織り、気が進まない足を叱咤しながら長い廊下を歩いた。
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